些細な心遣いは相手に伝わっている
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2023年8月15日,私は腸閉塞の疑いで,自宅近くの病院に緊急入院しました。その病院では腸閉塞の原因が何であるかわからない状況で検査が続き,況が悪いことがわかったのは入院して2日目の午後でした。
腫瘍マーカーであるCA19-9(基準値:0~37以下)およびCEA(基準値:0~5.0以下)の値が1,000を超え,CT検査の結果と総合的に判断すると小腸のがんである可能性が極めて高いということでした。
そのとき私はというと,腸閉塞の保存的治療としてイレウス管という,タピオカドリンクを飲むときに使うストローくらい太い管につながれていました。イレウス管は,鼻から挿入し腸まで行き届かせ,電動式低圧吸引器という装置で内容物を吸引することによって腸を正常に保つためのものです。さらに腸閉塞のため中心静脈栄養となり,点滴スタンドにも常につながれているといった状況です。入院する前日まで,自由に歩き,移動し,ランニングしていた私にとって,2つの装置に急につながれ行動が制限されるというのは,想像以上にストレスを感じるものでした。
行動が制限されるだけでなく,完全に横になるとイレウス管が喉にへばりつき,呼吸がしにくくなるため,傾斜をつけて寝る必要があります。さらに寝ている間に油断して,点滴の管を少しでもつぶしてしまうとアラームが鳴ってしまい,落ち着いて睡眠をとることもままなりません。ただでさえ「この先どうなるのか……」「がんの進行具合はどうなのか……」など,不安な気持ちもあり,物理的にも精神的にも睡眠を妨げられてしまったわけです。
行動も睡眠も制限されたことによる経験したことのない疲労感とストレス,押し寄せる死への恐怖という不安感から,毎晩のように泣いては起き,泣いては起きを繰り返すという孤独な闘いの日々でした。夜間に眠れていないせいか,あまりイライラするほうではないのですが,イライラすることが多くなり,些細なことに敏感になりました。「ようやく眠れそうだ……」というタイミングで看護師さんがノックもせずに病室に入ってきて必要なバイタルチェックだけをしていったり,イレウス管と装置をつなぎ忘れていて別の看護師が「はぁ……」とため息をつきながら作業していたりする場面を見ると,普段は気にもならないようなことでも精神的負担を感じました。
その後,腸閉塞の原因が小腸のがんであることが判明した時点で,セカンドオピニオンで兄と妻が受診した希少がんであっても手術を受け入れてもらえる専門病院に,入院からわずか10日で転院することができました。
入院中(転院後)の気づき:患者を支援する工夫とは何か
転院し,すぐに気づいたことは病棟の至るところに施されている心遣いでした。日光が差し込む病室,どの方角にもひらけた景色,病院内にある中庭,壁に立てかけられている写真,廊下に掲示されているウォーキングマップ,デイルームに配置されたがん患者向けの書籍……「がん」に対する不安や恐怖が,完全に消えるわけではないけれども,ささやかながらも患者の視点に立って工夫されている病棟に癒され,一つひとつに感謝の気持ちすら湧き出しました。
さらに驚いたのは,そこで働く従業員の方々のホスピタリティ。病室の担当になる方が, 一人ひとり職種ごとに病室を訪れ自己紹介をしてくれました。言葉遣いも丁寧で,どんなに忙しかろうと気にかけてくれる姿勢がうれしいものでした。薬剤師として現場で立っているときはそこまで気にもしていませんでしたが,患者の身からしてみると,改めて自己紹介をしてくれることは安心材料の一つになると気づきました。
薬局で活かせる視点
① 患者にネガティブなレッテルを貼ることは誰のため…
病という荷物を背負いながら生きてゆくことの難しさ,苦しさは,結局のところ自分以外の他者には理解できないものです。病が背景にあることが私生活における葛藤やストレスを引き起こし,自分の性質とは無関係に,イライラしたり,気分が悪くなったりすることもあります。薬局に来る「いつも話をしようとしない人」「イライラしている人」もひょっとすると何かを背負っていて,そのことをわかってほしいのかもしれません。薬局では薬歴などに「話してはいけない人……」「要注意人物……」などと情報が共有されていることがときどきありました。しかし,患者にレッテルを貼ってしまうことが本当に適切なのかを考えさせられます。医療者側が先にブロックしてしまったら,その患者に何かあったとき,その変化に誰が気づいてあげられるのでしょうか。「いつもあなたのことを気にかけていますよ」というメッセージを医療者側から発信し続けることは,相手が誰であっても必要なのだと思います。
② 患者を中心に考えられた工夫は伝わる
患者側になり気がつきましたが,病院に貼られている掲示物やポスターなどの細かいところも,案外見ているものです。つまり,どのような掲示物であれ,それが薬局に来局している患者のために作られているかどうかが重要であるように思います。入院中,私の心に強く残ったのは病棟の廊下に飾られたひまわりの写真です。そして,写真の下に「好きなものがあるって幸せ 会いたい人がいるって幸せ 当たり前にやってきたことは ほんとは幸せのかたまり」というメッセージが添えられていました。
その詩を読んで「自分は今も,今までも幸せだったんだ……」と心に言い聞かせることができ,その廊下を歩くたびに勇気づけられるものでした。薬局の掲示物について思い出してみると,「医療者が考える健康」のメッセージに偏りがちだった気がします。患者が意外と見ているポスターにおいて,いかに患者の思っていることに寄り添える内容や工夫ができるかが「患者に伝える」ために重要なのではないかと思います。