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この物語の舞台

近年,動物の医療は急速に専門職化している。動物医療チームの一員として愛玩動物看護師は,獣医師の指示のもとで採血や投薬などの診療の補助を担っている。一方で,「薬」を専門に担う存在である薬剤師はまだ存在感が薄い。そもそも調剤は,薬剤師の独占業務ではあるが,動物の薬を専門に扱う院外薬局は,ようやく現れ始めたばかりの新しい現場である。

本連載は,ヒトの薬局に配属されるはずだった一人の薬剤師が,動物専門薬局に立つところから始まる。ヒトの薬学の知識は,動物にどう活きるのか。薬剤師にとって,動物という分野がどれだけ開かれているか。物語を通して伝えていきたい。
動物専門薬局 異世界の調剤室 第3話 1ページ目 動物専門薬局 異世界の調剤室 第3話 2ページ目 動物専門薬局 異世界の調剤室 第3話 3ページ目 動物専門薬局 異世界の調剤室 第3話 4ページ目
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異世界の調剤室からの解説

イヌの食欲とイヌが食べてはいけない食べ物
── ヒトの日常食が,イヌの毒になるとき

ラブラドール・レトリーバーの約25%,フラットコーテッド・レトリーバーの約66%に,満腹シグナルに関わるPOMC遺伝子の欠失が認められる。ケンブリッジ大学などの研究によれば,この欠失によりβ-MSHとβ-エンドルフィンが産生されなくなり,メラノコルチン受容体を介した満腹シグナルが働かないため,食欲が亢進すること1),また,安静時のエネルギー消費が低いこと2)が示されている。一方,ビーグルではこの変異はまれであることが認められており3),食欲の強さを同じ機序で説明することはできない。ビーグルは,脂質代謝に関わる遺伝的体質(UCP1遺伝子などの発現の違い)4)に加え,狩猟犬として食べ物に対する執着心が高く育まれてきた犬種である。また,肥満を誘導したビーグルでは,食欲抑制に関わる脳脊髄液中のセロトニン(5-HT)の濃度が,痩せ群に比べて低いことも報告されている5)。

服薬指導のポイント

イヌに食べさせてはいけない食品を知らずに与えたケースだけでなく,目を離したすきに食べてしまったり,机の上に置いたものや床に落ちていたものを食べてしまうなどの不注意によるケースが多くみられる。普段から,食べさせてはいけないものはイヌが自分で取れないところに置くなど,注意することが大切である(表)。

2025年7月から動物病院内の薬局や動物専門の院外薬局で働いてきたが,この領域の面白さと難しさは切っても切れない関係にある。日本でもペットを家族の一員と考えていることが多く,薬剤師の存在は大きい。この連載を通じて,多くの薬剤師に,動物医療に関わる薬剤師という仕事へ関心をもっていただければ幸いである。

表 イヌが食べてはいけない食べ物の代表

食品名など 原因成分 機序・症状
ネギ類(タマネギ,ネギ,ニラ,ラッキョウ,ニンニク) 有機チオ硫酸化合物 赤血球を壊すことで貧血,血尿,下痢,嘔吐,発熱,衰弱
ブドウ,レーズン 未特定 嘔吐,下痢,食欲不振,急性腎不全
チョコレート,ココア テオブロミン 初期症状は下痢や嘔吐。進行すると死に至ることもある
キシリトール キシリトール 多量のインスリンが放出され,急激で重篤な低血糖を引き起こす。高用量では急性肝不全を起こすことがある
アルコール エタノール 分解酵素の活性が低く,嘔吐,呼吸困難,意識障害,昏睡。死に至ることもある

引用文献

  1. Raffan E,et al:A Deletion in the Canine POMC Gene Is Associated with Weight and Appetite in Obesity-Prone Labrador Retriever Dogs.Cell Metab,23:893-900,2016
  2. Dittmann MT,et al:Low resting metabolic rate and increased hunger due to β-MSH and β-endorphin deletion in a canine model.Sci Adv,10:eadj3823,2024
  3. Mankowska M,et al:Confirmation that a deletion in the POMC gene is associated with body weight of Labrador Retriever dogs.Res Vet Sci,112:116-118,2017
  4. Ishioka K,et al:Canine mitochondrial uncoupling proteins: structure and mRNA expression of three isoforms in adult beagles.Comp Biochem Physiol B Biochem Mol Biol,131:483-489,2002
  5. Park HJ,et al:Association of obesity with serum leptin,adiponectin,and serotonin and gut microflora in beagle dogs.J Vet Intern Med,29:43-50,2015

※本作はフィクションです。実在する個人・団体・薬局・動物病院とは一切関係ありません。作中の処方・調剤・服薬指導等は物語上の設定であり,実際の臨床判断・法令解釈の指針となるものではありません。

2026年9月号