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この物語の舞台

近年,動物の医療は急速に専門職化している。動物医療チームの一員として愛玩動物看護師は,獣医師の指示のもとで採血や投薬などの診療の補助を担っている。一方で,「薬」を専門に担う存在である薬剤師はまだ存在感が薄い。そもそも調剤は,薬剤師の独占業務ではあるが,動物の薬を専門に扱う院外薬局は,ようやく現れ始めたばかりの新しい現場である。

本連載は,ヒトの薬局に配属されるはずだった一人の薬剤師が,動物専門薬局に立つところから始まる。ヒトの薬学の知識は,動物にどう活きるのか。薬剤師にとって,動物という分野がどれだけ開かれているか。物語を通して伝えていきたい。
動物専門薬局 異世界の調剤室 第2話 1ページ目 動物専門薬局 異世界の調剤室 第2話 2ページ目 動物専門薬局 異世界の調剤室 第2話 3ページ目 動物専門薬局 異世界の調剤室 第2話 4ページ目
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異世界の調剤室からの解説

犬の肥満細胞腫とチロシンキナーゼ阻害薬
── ヒトの抗がん薬から生まれた,犬初の分子標的薬

がん治療に用いられるチロシンキナーゼ阻害薬は,ヒト医療で先行して発展してきた分子標的薬である。慢性骨髄性白血病(CML)やフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病(Ph+ALL)に対し,原因となる異常タンパクを選択的に阻害する薬として臨床で確立されてきた。

パラディア®(トセラニブ)も,チロシンキナーゼ阻害薬の一つである。米国の製薬会社がヒト用に開発したキナーゼ阻害薬スーテント(スニチニブ)の姉妹化合物であり,犬に発症頻度の高い肥満細胞腫への効果が期待できるとして開発が進められた。肥満細胞腫の一部は,c-kitとよばれるチロシンキナーゼの遺伝子が変異することにより増殖が進むことが知られており,トセラニブがKITタンパク(KIT受容体)をブロックすることで,犬の分子標的薬として米国で初めて承認された。現在ではオフラベルで,犬の肛門嚢腺がんや神経内分泌腫瘍などの固形がん,さらには猫にも使用されている。

用法は,トセラニブとして体重1kgあたり3.25mgを2日に1回経口投与する。状態に応じて適宜減量(0.5mg/kgずつ減量し,最低用量は2.20mg/kg)または休薬(最長2週間まで)を行う。投与開始から6週間は毎週,その後は6週おきに獣医師の診察を受け,用法・用量を決定する。用量調整を要する薬であるため,副作用の状況を聴き取り,前回処方を確認しながら処方監査を行うことが大切である。

c-kit遺伝子変異の有無別にみた客観的奏効率では,例数は少ないものの,添付文書にデータが示されており,陰性症例よりも陽性症例で奏効率が高い傾向が認められる(表)。

表 c-kit遺伝子変異の有無別にみた客観的奏効率

c-kit
遺伝子変異
パラディア群
国内臨床試験 国外臨床試験
奏効率〈陰性〉 42.9%(3/7例) 31.3%(20/64例)
奏効率〈陽性〉 50.0%(1/2例) 60.0%(12/20例)

〔ゾエティス・ジャパン株式会社:パラディア.添付文書(2017年4月改訂)より〕

服薬指導のポイント

動物用医薬品は農林水産省による承認であり,添付文書には飼い主への注意も記載されている。

パラディア®は抗がん薬であり,取り扱い時の曝露対策が欠かせない。添付文書では,薬剤への曝露を避けるため本剤を分割投与しないこと,投与後は石鹸と水で手を洗うこと,有効成分の多くが糞便や尿中に排泄される可能性があるため,犬の糞便・尿・吐物や,割れた(あるいは湿った)錠剤には直接触れず,防護手袋などを着用することが求められている。特に妊娠中・妊娠を予定している・授乳中の女性は,慎重に取り扱う必要がある。

これらを踏まえ,飼い主には処方薬に加え,ディスポーザブルの手袋も渡している。加えて,取り扱い上の注意を伝える必要があるが,説明の仕方によっては過度の不安を与え,投薬中断につながりかねない。「正しく扱えば安全に使える薬である」とあわせて伝えることが,投薬の継続につながる。

※本作はフィクションです。実在する個人・団体・薬局・動物病院とは一切関係ありません。作中の処方・調剤・服薬指導等は物語上の設定であり,実際の臨床判断・法令解釈の指針となるものではありません。

2026年8月号