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この物語の舞台

近年,動物の医療は急速に専門職化している。2022年に愛玩動物看護師法が全面施行され,2023年には第1回の国家試験が行われた。愛玩動物看護師は,獣医師の指示のもとで採血や投薬などの診療の補助を担い,チームの一員として動物医療を支えている。

その輪のなかで,まだ存在感が薄いのが「薬」を専門に担う存在である。そもそも調剤は,薬剤師の独占業務と定められており,獣医師は自らの処方箋を自ら調剤する場合に限り,例外的に行えるにすぎない。動物の調剤も本来は薬剤師の領分であるが,動物の薬を専門に扱う院外薬局は,ようやく現れ始めたばかりの新しい現場である。

本連載は,ヒトの薬局に配属されるはずだった一人の薬剤師が,動物専門薬局に立つところから始まる。ヒトの薬学の知識は,動物にどう活きるのか。薬剤師にとって,動物という分野がどれだけ開かれているか。物語を通して伝えていきたい。
動物専門薬局 異世界の調剤室 第1話 1ページ目 動物専門薬局 異世界の調剤室 第1話 2ページ目 動物専門薬局 異世界の調剤室 第1話 3ページ目 動物専門薬局 異世界の調剤室 第1話 4ページ目 動物専門薬局 異世界の調剤室 第1話 5ページ目 動物専門薬局 異世界の調剤室 第1話 6ページ目
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異世界の調剤室からの解説

犬のアトピー性皮膚炎とJAK阻害薬
── ヒトのJAK阻害薬と読み比べる

犬のアトピー性皮膚炎に用いられるJAK阻害薬には現在2つの選択肢がある(表)。先行薬のアポキル(オクラシチニブ)は,JAK1を優先的に阻害する比較的選択的なタイプであるのに対し,ゼンレリアTM(イルノシチニブ)は,JAK1・JAK2・チロシンキナーゼ2(TYK2)などを広く阻害する非選択的なタイプである。標的が広いほど抑えられるサイトカインの幅は広がり,持続的な止痒と皮疹改善が得られやすい。ただし,JAK2・JAK3阻害に伴う免疫抑制や感染症リスクは高まるため,ゼンレリアTMではワクチン接種,感染,併用薬,月齢,体重の制限が厳格化されている。

興味深いのは,ヒトのJAK阻害薬の開発が,犬とは逆の道をたどってきたことだ。ヒトのJAK阻害薬は,非選択的な初代のトファシチニブから,アブロシチニブやウパダシチニブへと,JAK1選択性を高めて副作用を減らす方向へ進化してきた。だが動物医療では,ヒトとは異なる優先順位が働くことがある。その優先順位の一つが,投与負担の軽さである。アポキルが導入2週間は1日2回投与を要するのに対し,ゼンレリアTMは最初から1日1回でよく,食事の有無も問わない。薬を飲ませる負担が,動物にも飼い主にも軽減される。

服薬指導のポイント

止痒効果が高いぶん,飼い主が「治った」と自己判断し,中止してしまうリスクが高い。ヒトの慢性皮膚疾患でも,症状が改善するとアドヒアランスが下がり,増悪する。アトピー性皮膚炎は慢性疾患であり,継続的な管理が必要であると事前に十分説明しておくことが治療成功のカギとなる。なお,犬のアトピー性皮膚炎は高温多湿の影響を受けやすく,ヒトと同じく,夏に痒みが強まる例も少なくない。

表 犬に使えるJAK阻害薬の比較

アポキル ゼンレリアTM
一般名 オクラシチニブ イルノシチニブ
JAK選択性 JAK1を優先的に阻害(比較的選択的) 非選択的(JAK1・JAK2・TYK2などを広く阻害)
投与 導入14日間は1日2回,以降1日1回 導入期も含め1日1回
位置づけ 従来の第一選択薬 2024年に国内承認された新薬
主な注意点 1日1回への減量時に痒みのぶり返し(rebound itch)あり 免疫抑制が広く及ぶため,ワクチン接種・感染症・併用に注意。生後12カ月以上・体重3.0kg以上で使用

※本作はフィクションです。実在する個人・団体・薬局・動物病院とは一切関係ありません。作中の処方・調剤・服薬指導等は物語上の設定であり,実際の臨床判断・法令解釈の指針となるものではありません。

2026年7月号