J i M a g a z i n e

日本の睡眠薬はどう進化してきたか:3つのクラスとその役割

不眠症の治療薬は,この半世紀で大きく様変わりした(図)。1960年代に登場したベンゾジアゼピン受容体作動薬がその出発点だ。ニトラゼパムを皮切りに,トリアゾラムやフルニトラゼパムといった薬剤が次々と開発され,不眠症治療の主役となった。その後,1989年にベンゾジアゼピン(BZ)骨格をもたない非BZ系のゾピクロンが登場し,2000年にはゾルピデムが発売され,この系統は広く普及していった。しかし,これらの薬に共通するふらつき・認知機能低下・依存性といった副作用への懸念が高まるなか,新たな作用機序をもつ薬の開発が求められるようになった。2010年にはメラトニン受容体作動薬(ラメルテオン)が,2014年にはオレキシン受容体拮抗薬(スボレキサント)が登場し,睡眠薬の選択肢は大きく広がった。

不眠症治療薬開発 国内の歴史

不眠症治療薬開発 国内の歴史

睡眠薬マップ

睡眠薬マップ ベンゾジアゼピン受容体作動薬・オレキシン受容体拮抗薬・メラトニン受容体作動薬の作用部位と特徴

ベンゾジアゼピン受容体作動薬(BZ系・非BZ系)

最も歴史が長く,処方頻度も高い系統だ。脳内のGABAA受容体に結合し,塩化物イオンの流入を促すことで神経活動全体を抑制する。入眠を促すだけでなく,抗不安・筋弛緩作用ももつため,不安を伴う不眠に対しては効果的な一面もある。一方で,脳全体の活動を広く抑えるという作用の性質上,翌朝への持ち越し効果,高齢者における転倒リスク,長期使用による依存性・耐性形成には十分な注意が必要である。

オレキシン受容体拮抗薬

覚醒を維持する神経伝達物質オレキシンOX1/OX2受容体を遮断することで,脳を「眠る状態」へと誘導する。BZ系・非BZ系が脳全体を抑制するのとは異なり,覚醒スイッチをピンポイントでOFFにするイメージだ。スボレキサント(2014年),レンボレキサント(2020年),ダリドレキサント(2024年),ボルノレキサント(2025年)と新薬の登場が続いており,転倒やふらつきが少なく,依存性リスクも低い点が評価されている。

メラトニン受容体作動薬

メラトニンMT1/MT2受容体に作用し,体内時計のリズムを整えることで自然な眠気を促す。成人の不眠症に適応をもつのはラメルテオンのみで,睡眠そのものを強制するのではなく「夜になったことを身体に教える」アプローチが特徴だ。依存性はほとんどなく,昼夜逆転が問題となる高齢者や概日リズム睡眠障害への効果が特に期待される。

それぞれの「立ち位置」

3クラスを比べると,治療上の役割は明確に異なる。BZ系・非BZ系は即効性と確実な鎮静効果をもつ反面,リスク管理を要する「使い方を選ぶ薬」である。これに対してオレキシン受容体拮抗薬は,安全性と有効性のバランスに優れ,現在では第一選択となりつつある。一方,メラトニン受容体作動薬は作用が穏やかで身体に優しいが,即効性を求める重い不眠にはやや力不足な場面もある。

不眠症の背景はさまざまであり,「どの薬が最善か」は患者の年齢・症状・生活習慣によって異なる。この60年の歴史は,単なる薬の開発史ではなく,「より安全で自然な眠り」を目指す医学の歩みともいえる。

2026年8月号