第90回日本循環器学会学術集会(JCS2026) スポンサードシンポジウム1
HFpEF治療の新たな柱
──非ステロイド型MRAフィネレノンへの期待
日本における心不全患者数は推計約120万人。高齢化の加速とともに2030年には130万人を超えると予測されており,「心不全パンデミック」と呼ばれる事態は現実味を増している。なかでも左室駆出率(LVEF)が保たれた心不全(HFpEF)は全体の約6割を占めるにもかかわらず,長らく明確な予後改善薬をもたなかった。その状況に変化をもたらしつつあるのが,非ステロイド型選択的ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)フィネレノン(ケレンディア®)である。本シンポジウムでは,桑原宏一郎先生(信州大学)がHFpEF診療の現状とアンメットニーズを俯瞰し,続いて佐藤直樹先生(かわぐち心臓呼吸器病院)がフィネレノンの薬理特性と臨床エビデンスを解説した。
「安定した心不全」は存在しない──早期介入の重要性
桑原先生はまず,日本の人口動態と心不全の疫学を振り返った。2050年前後には人口が9,000万人を割ると推計されるなか,65歳以上の割合はおよそ4割に達する。高齢化に伴い心不全入院患者数は増加の一途をたどっており,1回の心不全入院後の5年生存率は約50%と,多くの悪性腫瘍に匹敵する厳しさである。
2025年に改訂された心不全診療ガイドライン(JCS/JHFS)では,2021年に国際コンセンサスとして策定されたユニバーサルデフィニションを取り入れ,ステージ分類が整理された。注目すべきは,発症前のステージA(リスク段階)・ステージB(プレ心不全)からの早期介入が強く推奨された点である。桑原先生は,ナトリウム利尿ペプチド(BNP 35pg/mL以上,NT-proBNP 125pg/mL以上)を基準としたスクリーニングの意義を強調し,「かかりつけの先生方には,リスク因子をもつ患者さんのBNPを定期的に測定し,値が上昇してきた段階で循環器専門医へ紹介してほしい」と述べた。
左室駆出率が低下した心不全(HFrEF)では,β遮断薬,アンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬/アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)/アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI),MRA,SGLT2阻害薬の基本4薬(いわゆる「Fantastic Four」)が確立され,予後は着実に改善してきた。一方でHFpEFは,長年にわたり複数の大規模試験が中立的な結果に終わり,「有効な治療がない」とされてきた領域である。桑原先生は「安定した心不全という表現は誤解を招く。症状が落ち着いていても,イベントリスクは依然として残っている。改善しないのは"安定"ではなく,"悪化が持続している状態"と捉えるべきだ」と訴えた。
MRA 三世代の進化──フィネレノンはなにが違うのか
ミネラルコルチコイド受容体(MR)の過剰活性化は,心臓・腎臓・血管における炎症と線維化を促進し,心不全の病態進展に深く関与する。MRを活性化する因子はアルドステロンだけではなく,Rac1などの非リガンド経路や,肥満に伴う脂肪組織由来因子も関わることが近年明らかになっている。佐藤先生は,MRに結合するコアクチベーターが20種類以上存在し臓器ごとに異なることから,「同じMRをブロックしても臓器によって効果が異なりうる。ここに薬剤設計の妙がある」と解説した。
こうした病態を踏まえれば,MRを薬理学的に遮断するMRAは心不全治療の有力な選択肢となりうる。しかし前述のとおり,HFpEFでは長らく予後を改善する薬物治療そのものが確立されておらず,MRAも例外ではなかった。
第一世代のスピロノラクトンはMRへの親和性が高い一方で,プロゲステロン受容体やアンドロゲン受容体にも結合するため,女性化乳房などの性ホルモン関連副作用が臨床上の制約となっていた。HFpEFを対象としたTOPCAT試験では,主要評価項目で統計学的有意差を示せなかったことも記憶に新しい1)。また,第二世代のエプレレノンはステロイド骨格を保持しつつ選択性を高めたが,MRへの結合親和性(IC50)はスピロノラクトンより低く,心臓に対する効果がやや限定的であった点が指摘されている。
これらの課題を踏まえて開発されたのが,第三世代MRAであるフィネレノンである(表1)。最大の特徴はステロイド骨格をもたない点にある。これにより他のステロイドホルモン受容体への結合が極めて低く抑えられ,従来のMRAでアンドロゲン受容体刺激に起因していた女性化乳房などの副作用リスクが大幅に低減されている。加えて,MRへの結合親和性(IC50)はエプレレノンを上回り,MRをしっかりとブロックする力をもつ。
さらに注目すべきは組織分布のバランスである。スピロノラクトンはステロイド骨格をもつがゆえにアルドステロンと類似した体内動態を示すとされ,腎臓に偏って分布する。そのため心臓への効果を十分に得ようとすると,高カリウム血症のリスクが先に立つ。一方,フィネレノンはステロイド骨格をもたないため心臓と腎臓にほぼ均等に分布するとされ,心保護と腎保護を両立しやすい設計となっている(表2)。佐藤先生は「ステロイド骨格由来の副作用を回避しつつ,心臓にもしっかり届く。選択性と親和性のバランスを高い次元で両立させた薬剤だ」と評した。
表1 フィネレノンの薬理学的特徴
| 薬理学的特徴 | 説明 |
|---|---|
| 高い選択性 | ステロイド骨格を持たないため,他のステロイドホルモン受容体への結合がきわめて低く,女性化乳房のリスクが大幅に低減される |
| 高い結合親和性 | エプレレノンと比較してMRへのIC50が低い(≒結合力が強い) |
| 心腎バランスの取れた 組織分布 |
スピロノラクトンが腎臓に偏って分布するのに対し,フィネレノンは心臓と腎臓にほぼ均等に分布する |
表2 MRA三世代の薬理学的特性比較
| スピロノラクトン | エプレレノン | フィネレノン | |
|---|---|---|---|
| MRへのIC50 (対アルドステロン) |
24nM | 990nM | 18nM |
| 他のステロイドホルモン 受容体への選択性 |
低い(AR・PRに結合) | 中等度(>100倍) | 高い(>500倍) |
| 骨格 | ステロイド | ステロイド | 非ステロイド |
| 心腎組織分布 | 腎臓偏重 | 腎臓偏重 | ほぼ均等 |
〔文献2)・3)を参考に作成〕
FINEARTS-HF試験──HFpEFでMRAが初めて示した予後改善
フィネレノンのHFpEF/HFmrEFに対する有効性を検証したのが,FINEARTS-HF試験である4)。佐藤先生は試験デザインと結果を詳しく紹介した。
本試験は37カ国653施設で実施された国際共同第III相試験で,LVEF 40%以上のNYHA II〜IV度の心不全患者6,001例が登録された。主要評価項目は心血管死+全心不全イベント(初回・再発の心不全入院または緊急受診)の複合エンドポイントである。
中央値32カ月の追跡の結果,フィネレノン群の主要評価項目発生率は14.9/100人年 vs プラセボ群17.7/100人年で,発現率比(rate ratio)0.84(95%信頼区間 0.74–0.95,p=0.007)と,統計学的に有意なリスク低減が示された。心不全イベント単独でも率比0.82(p=0.006)であり,サブグループ解析では年齢,性別,LVEF区分,SGLT2阻害薬の併用有無にかかわらず一貫した効果の方向性が認められた。
佐藤先生は日本人サブグループにも言及し,「グローバルと同等の方向性が得られており,日本人にも有効性が期待できる傾向を示している」と報告した。
SGLT2阻害薬との併用──win-winの関係
桑原先生は,SGLT2阻害薬とフィネレノンの併用に関するサブ解析にも触れた。FINEARTS-HF試験では,ベースラインでSGLT2阻害薬を使用していた群と未使用群のいずれでもフィネレノンの有効性は保たれていた(交互作用p=0.76)。さらに興味深いのは,SGLT2阻害薬の併用下ではMRA投与時に懸念される高カリウム血症の頻度が抑制される傾向が示されている点である。
桑原先生は「SGLT2阻害薬はカリウム排泄を促す方向に働くため,フィネレノンによるカリウム上昇を相殺しうる。効果の上乗せと副作用の軽減という意味で,まさにwin-winの組み合わせだ」と述べた。2025年ガイドラインでは,HFpEF/HFmrEFに対してSGLT2阻害薬が推奨クラスI,フィネレノンが推奨クラスⅡaとして位置づけられていることも紹介された。
実臨床での留意点──カリウムとeGFRのマネジメント
フィネレノンの用量設定はeGFRに基づいて行う。慢性心不全への適応では,eGFR 60mL/min/1.73m2以上の場合は20mgで開始し,4週後にカリウム値・eGFRを確認のうえ40mgへの増量を検討する。eGFR 25以上60未満の場合は10mg開始で,20mgへの増量を目指す5)。
高カリウム血症はフィネレノンの最も注意すべき有害事象である。FINEARTS-HF試験ではフィネレノン群で9.7%(プラセボ群4.2%)に高カリウム血症が認められ,特に投与開始後4週間以内に上昇が生じやすい。佐藤先生は「投与開始前にカリウム高値の原因(カリウム含有食品の過剰摂取,食事バランスの偏りなど)を確認し,開始後4週までは定期的にモニタリングしてほしい。投与量やカリウム値に応じた細やかな減量・休薬基準が添付文書に定められており,特に10mg投与中は血清カリウム5.5mEq/L以上で中止となる点に注意が必要だ。カリウム吸着薬を用いてでも継続を検討する価値がある」と強調した。
もう一つの注意点はeGFRの初期低下(initial dip)である。フィネレノン投与開始後にクレアチニンがわずかに上昇することがあるが,これは糸球体内圧の是正による機能的な変化であり,腎実質の障害を反映するものではない。佐藤先生は「eGFRが少し下がったからといって安易に中止しないでほしい。FINEARTS-HF試験のサブ解析では,initial dipが生じた群でもイベント抑制効果は維持されていた。むしろ中止することで得られるはずの長期的な腎保護・心保護の恩恵を逸するリスクがある」と注意を促した。
薬剤師に期待されること
2025年12月22日,フィネレノン(ケレンディア®)は慢性心不全に対する適応追加承認を取得した5)。これにより,ガイドラインで推奨されていた治療が名実ともに臨床で使用可能となった。今後は循環器領域にとどまらず,糖尿病やCKDを合併する患者の心不全予防という文脈でも処方機会が広がることが予想される。
薬剤師にとっては,処方開始時の腎機能・電解質確認はもとより,カリウム含有食品に関する食事指導,NSAIDsやRAS阻害薬との併用に伴う高カリウム血症リスクの確認,そして「クレアチニンが少し上がっても慌てて中止しない」という服薬継続の重要性を医師・患者と共有することが,この薬剤のベネフィットを最大限引き出すカギとなるだろう。
引用文献
1) Pitt B, et al: Spironolactone for heart failure with preserved ejection fraction. N Engl J Med, 370: 1383-1392, 2014
2) Agarwal R, et al: Steroidal and non-steroidal mineralocorticoid receptor antagonists in cardiorenal medicine. Eur Heart J, 42: 152-161, 2021
3) Kolkhof P, et al: 30 years of the mineralocorticoid receptor: Mineralocorticoid receptor antagonists: 60 years of research and development. J Endocrinol, 234: T125-T140, 2017
4) Solomon SD, McMurray JJV, Vaduganathan M, et al. Finerenone in heart failure with mildly reduced or preserved ejection fraction. N Engl J Med, 391: 1475-1485, 2024
5) バイエル薬品株式会社:ケレンディア. 添付文書(2026年3月改訂,第8版)
(取材・文:編集部)