薬剤師は適切な薬物治療を通じて,患者と地球を守れる
残薬を減らすことは,気候変動対策でもある
残薬の確認,重複投与や不要な薬の整理。薬剤師が日々の調剤業務として行っているこれらが,実は温室効果ガスの排出削減につながっていると考えたことはあるだろうか。すぐには結びつかないかもしれないが,医薬品は製造から流通・廃棄までの過程で相当量の温室効果ガスを排出している。だとすれば,無駄になる薬を減らすことは,薬物療法を最適化すると同時に,医療の環境負荷を下げることにもなる。
この視点を示したのが,第17回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会(2026年5月,京都)のシンポジウム「京都発! 気候科学とプラネタリーヘルスの知見を活かし,市民とつなぐサステナブルな医療」である〔座長:横田啓氏(岡山協立病院),岩上真理子氏(おとふけホームケアクリニック)〕。本稿では,シンポジウムでの議論の流れをたどりながら,薬剤師の日常業務と気候変動対策がどこで交わるのかを読み解いていく。
暑さは,すでに「災害」である
まず押さえておきたいのは,気候変動が将来の懸念ではなく,すでに患者の命を奪っている現実だ。
熱中症による救急搬送は増加の一途をたどっている。総務省消防庁によれば,2025年(5〜9月)の全国の熱中症救急搬送者は10万510人で,2008年の調査開始以降で初めて10万人を超え,過去最多となった1)。死亡者数も増加傾向にあり,人口動態統計(確定数)では2024年に2,160人と過去最多を記録している2)。
シンポジウムで橋爪真弘氏(長崎大学/東京大学)は,暑さで亡くなる人は「熱中症だけではない」と指摘した。暑さは心臓や腎臓などに負荷をかけ,心疾患・腎疾患などによる死(暑熱関連死)を引き起こす。つまり,暑さに関連する死者は熱中症による死者よりもはるかに多いのである。実際に,橋爪氏らの研究チームは,2015〜2019年の5年間で,暑さに関連して亡くなった人を全国で約3万3,000人と推計しており3),これは同じ期間の熱中症による死亡者数(約5,000人)の,およそ7倍にあたる。橋爪氏は「ある週に十数人の熱中症死が報道されたとき,その背後には100人以上が亡くなっていると考えられる」と述べた。
暑熱関連死は,今後の気温上昇とともにさらに増えると予測されている。橋爪氏は,暑さによる死者数が他の自然災害による死者数を上回ることを挙げ,暑さを「自然災害」として捉えるべきだと指摘した。そのうえで,原因となる温室効果ガスの排出を減らす緩和策と,すでに起きている暑さの影響から人々を守る適応策の両面を,並行して進める必要があると述べた。
気候変動の「現在地」――1.5℃が意味すること
気候変動はいま,地球規模でどこまで進んでいるのか。その「現在地」を,江守正多氏(東京大学未来ビジョン研究センター)が整理した。
+1.5℃に迫る気温と,その先のティッピングポイント
世界の平均気温は,年ごとに変動しながらも全体として上昇を続けている。そのため,地球温暖化に歯止めをかけるべく2015年に採択されたパリ協定では,この上昇を産業革命前と比べて「+1.5℃以内」に抑えることを国際的な目標として掲げた。ところが現実には,近年の世界の平均気温はすでに約1.4℃高い水準にある。しかも2024年は,単年では初めて+1.5℃を超えた。このままのペースでは2030年ごろには5年平均でも+1.5℃に達し,少なくとも一時的な超過は避けられない見通しだという。
「平均気温+1.5℃」は,地球の環境を一気に変化させ,後戻りが難しくなる臨界点(ティッピングポイント)の数字とされている。その代表が永久凍土だ。永久凍土に閉じ込められた太古の動植物は,凍土が融けるとメタンや二酸化炭素などの発生源となり,温暖化を招く。そしてその温暖化がさらに凍土の融解を進めるため,いったんこの悪循環に陥ると,地球環境を元に戻すのは難しい。同じようなティッピングポイントは,グリーンランドや南極の氷床にもあるとされ,その目安となるのが「平均気温+1.5℃」なのである。
この+1.5℃という目標には,もう一つの背景がある。これはもともと,海面上昇などで存立を脅かされる小さな島国や途上国,すなわち気候変動の原因をほとんどつくっていない国々の訴えを受けて掲げられた数字でもある。こうした国々を見捨てないという国際社会の合意が,パリ協定には込められている。
気候変動は止められるのか
一方で江守氏は,気候変動は人間の活動が原因である以上,人間が協力して原因を減らしていけば,長期的には止められるはずだと語った。
とはいえ,世界の気候変動への取り組みは十分な状況とは言えない。江守氏によれば,各国が現在表明している削減目標をすべて実現したとしても,2100年ごろの平均気温は産業革命前と比べて2.3〜2.5℃上昇する見通しであり,+1.5℃以内という目標には遠く及ばない。
それでも江守氏は,悲観すべきではないと言う。何の対策もとらなければ気温上昇はさらに大きくなるはずで,世界の取り組みが実を結んでいないわけではない。理想とするペースには届かずとも,気候変動は,止められない問題ではないのである。
医療活動によって排出される温室効果ガスは,どこから来るのか
南齋規介氏(国立環境研究所)らの推計によると,2011年の日本における医療・保健分野の温室効果ガス排出量は,国内全体の約4.6%を占め,その最大の排出源は医薬品とされる4)。
医薬品が温室効果ガスの排出源と言われてもピンとこないかもしれないが,その多くは薬局や病院・クリニックで生じているのではなく,製造・輸送・廃棄というサプライチェーンの過程で排出されている。つまり抜本的には,製薬企業の製造や物流における排出削減が求められる領域である。
しかし,ここで見方を変えて,残薬となった1錠に注目してみたい。この1錠は,製造・流通の過程ですでに温室効果ガスを排出して作られ,輸送されたものである。つまり,1錠を無駄にしないということは,不必要な温室効果ガスの排出を削減することと同等といえる。これは,ポリファーマシー対策や重複投与の回避など,不要な薬剤を整理することも同様で,日々の適切な薬物治療への取り組みは気候変動対策の一環になっているのである。
実際,南齋氏らは,未使用薬の廃棄を防ぐだけで年間約124万トン(1.24 MtCO2e)の排出を削減できると試算しており4),これは日本の温室効果ガス総排出量の約0.1%にあたる。
薬剤師は何をすればよいか
残薬の確認や整理は,薬剤師が日常的に行っている業務である。これらが薬物療法の質を高めるだけでなく,無駄な薬を減らし,その製造・流通にともなう温室効果ガスの排出を抑えることは,前述のとおりだ。
だが,それだけではない。吸入薬という切り口もある。加圧噴霧式定量吸入器(pMDI)は,噴射剤に温室効果ガスを用いている。実際,日本で使用される吸入器が製造から廃棄までに排出する温室効果ガスのうち,約9割がpMDIによるものと報告されている5)。一方,ドライパウダー吸入器(DPI)には噴射剤が使われておらず,噴射剤の使用有無という観点においては環境負荷が小さい。したがって,患者の吸気流速が十分であるのにpMDIを使用している患者がいれば,DPIへの切り替えを提案することも有効な選択肢になりうる5)。これも,薬剤師だからこそできる提案といえるだろう。
気候変動は,手の届くところにある
ここまで,熱中症による搬送や暑熱関連死の増加,そして「平均気温+1.5℃」という地球規模の話をたどってきた。いずれも,一人の薬剤師の手にはあまりに大きく,遠い問題に感じられるかもしれない。だが,この「大きすぎて手に負えない」という感覚こそが,人を気候変動から遠ざけてしまう。
本シンポジウムでこの問題を取り上げたのが,木原浩貴氏(京都府地球温暖化防止活動推進センター)である。木原氏は,気候変動の深刻さを強く訴えるほどかえって人は目を背けてしまうというStoknesらの指摘6)を引いたうえで,人は「これならできる」と思えて初めて,その問題を自分のこととして受け止められると解説した。
薬剤師だからこその「これならできる」は,日々の業務のなかにある。残薬や重複投与への対応は,薬物療法の最適化にとどまらず,温室効果ガスの排出削減にもつながっている。
日々の調剤業務は,目の前の患者だけでなく地球に暮らすすべての生物を守るためなのかもしれない。
(文・「調剤と情報」編集部)
引用文献
- 1) 消防庁:令和7年(2025年)5月から9月の熱中症による救急搬送状況(https://www.fdma.go.jp/disaster/heatstroke/items/r7/heatstroke_nenpou_r7.pdf)
- 2) 厚生労働省:年齢(5歳階級)別にみた熱中症による死亡数の年次推移(https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/necchusho24/dl/R06nenrei.pdf)
- 3) Yuan L, et al: A Nationwide Comparative Analysis of Temperature-Related Mortality and Morbidity in Japan. Environ Health Perspect, 131: 127008, 2023
- 4) Nansai K, et al: Carbon footprint of Japanese health care services from 2011 to 2015. Resources, Conservation & Recycling, 152: 104525, 2020
- 5) Nagasaki K, et al: The environmental impact of inhaler replacement: a carbon footprint and economic calculation of the National Database of Health Insurance Claims in Japan. J Gen Fam Med, 24: 207-214, 2023
- 6) Stoknes PE. What We Think About When We Try Not To Think About Global Warming: Toward a New Psychology of Climate Action. Chelsea Green, 2015