第99回日本薬理学会年会 クスリがわかるシリーズ1「循環器系」 学会レポート
高血圧管理の新時代
——JSH2025改訂を踏まえ,降圧薬の“選び方”を考える
2025年8月,『高血圧管理・治療ガイドライン2025』(JSH2025)が公表された。6年ぶりの改訂であり,「降圧目標の全年齢130/80mmHg未満への統一」「β遮断薬の主要降圧薬への復帰」「降圧薬グループ分類の新設」など,日常の処方設計に直結する変更が数多く盛り込まれた。第99回日本薬理学会年会(2026年3月16日)クスリがわかるシリーズ1「循環器系」では,座長の高原 章先生(東邦大学薬学部)のもと,北田研人先生(香川大学医学部薬理学)が血圧上昇の分子・生理学的メカニズムを,宗像正徳先生(東北労災病院治療就労両立支援センター予防医療部)がJSH2025改訂を踏まえた降圧薬選択の実践を解説した。本稿では両講演のエッセンスを紹介する。
そもそもヒトの血圧はなぜ高いのか——基礎研究からのアプローチ
北田先生は,「なぜヒトは血圧が高いのか」という根源的な問いから講演を始めた。
水中の魚なら,心臓が生み出す20~30mmHg程度の圧力で体内に血液を巡らせることができる。一方ヒトの場合,身体は陸上で直立している。つまり,重力に逆らって心臓から脳へ血液を送り上げる必要があり,言うなれば,高い血圧はヒトが陸で生活するための代償である。
加えて,水や塩分は生命維持に不可欠であるが,かつての人類はそれらがいつ手に入るかわからない環境で生きてきた。そこで,摂取できたわずかな量もなるべく体内に貯蔵しようというシステムが発達した。その代表が,レニン-アンジオテンシン系(RAS)をはじめとする「水と塩分を一滴も逃さない」仕組みである。ところが水や塩分の摂取に苦労することの少ない現代社会においては,この体液保持システムが仇となり高血圧の原因の一つになっているのではないかと北田先生は指摘した。
ここで北田先生が注目したのが,体内に取り込まれたナトリウムの動態である。従来の教科書的な理解では,摂取した食塩はほぼそのまま腎臓から排泄されるとされてきた。しかし北田先生らの研究では,食塩摂取量を固定しても尿中ナトリウム排泄量は日によって大きくばらつくことを報告している1)。つまり,摂取したナトリウムは速やかに尿中へ向かうのではなく,体内のどこかで一度プールされていることが示唆される。
その“どこか”を磁気共鳴画像法によるナトリウムイメージング法で可視化した結果,皮膚や筋肉などの組織にナトリウムが蓄積している様子が捉えられた。加齢や高血圧に伴い,こうした組織へのナトリウム貯蔵が増大することもわかってきたという。
「血圧を下げる」という一見シンプルな行為の裏には,進化と環境のミスマッチ,そして未解明のナトリウム動態が潜んでいる。降圧薬がどこに,なぜ効くのかを考える土台として,薬剤師にとっても見逃せない知見だろう。
JSH2025——押さえておくべき改訂の柱
宗像先生がJSH2025の改訂ポイントを整理したうえで,実臨床での降圧薬選択について解説を行った。まず,薬剤師が押さえておくべき主要改訂点を概観する。
降圧目標——全年齢で130/80mmHg未満に統一
JSH2025最大の変更は,降圧目標の一本化である。前版のJSH2019では,75歳以上の高齢者や一部の合併症を有する患者の降圧目標は140/90mmHg未満とされていた。今回の改訂ではシステマティック・レビューおよびメタ解析の結果を踏まえ,原則として全年齢で診察室血圧130/80mmHg未満(家庭血圧125/75mmHg未満)に統一された。
ガイドラインの名称変更——「治療」から「管理・治療」へ
名称が「高血圧治療ガイドライン」から「高血圧管理・治療ガイドライン」に変更された点も見逃せない。背景にあるのは,すでに治療中の患者だけでなく,高値血圧(130~139/80~89mmHg)の段階から生活習慣の改善を含めた包括的な介入を行うべきだという考え方である。名称変更にはこの方針転換が反映されている。
降圧薬のグループ分類と選択
JSH2025では,降圧薬の分類体系も刷新された。グループ1(G1)降圧薬として位置づけられたのは長時間作用型ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬,アンギオテンシンII受容体拮抗薬(ARB),アンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬,チアジド系利尿薬,そしてβ遮断薬の5種類である。
なかでも注目されるのがβ遮断薬の扱いである。JSH2019ではβ遮断薬は第一選択から外れ,積極的適応がある場合にのみ使用する位置づけであった。しかし,糖代謝への悪影響や高齢者への適応に関する懸念は一部の薬剤に限られる。ビソプロロールやカルベジロールについては有用性と安全性が確立されているとの判断から,今回G1降圧薬に含められた。
チアジド系利尿薬——なぜ日本では使われてこなかったのか
宗像先生が強調したテーマの一つが,日本におけるチアジド系利尿薬の使用状況である。
米国・韓国・日本の降圧薬処方パターンを比較すると,米国や韓国ではチアジド系利尿薬が広く処方されているのに対し,日本での使用頻度は極めて低いという。日本の高血圧コントロール率は米国,韓国に劣っていることが明らかになっており,その一因として,利尿薬の処方率の低さが関係している可能性がある。宗像先生はこの国際的なギャップに注目し,見直しの必要性を訴えた。
食塩感受性高血圧という病態
日本人に多い高血圧の病態として「食塩感受性高血圧」がある。この高血圧の機序は,腎臓におけるナトリウム排泄に障害があり,摂取した塩分が十分に排泄されず血管内に貯留,その結果,循環血液量が増加し,心拍出量が増え,血圧が上昇するというものである。食塩感受性は,加齢とともに亢進し,高齢者ではとくに顕著であると言われている。
「半量」で使う利尿薬
なぜ日本ではチアジド系利尿薬が敬遠されているのか。宗像先生は,代謝系への副作用(低カリウム血症,高尿酸血症,耐糖能異常など)に対する過度な懸念が大きな要因だと指摘した。
しかしエビデンスを丁寧に読み解くと,チアジド系利尿薬の降圧効果と副作用には非対称な用量依存性がある。降圧効果は低用量でほぼ頭打ちになるのに対し,副作用は用量に比例して増加するのである。例えばインダパミドの場合,1mg(通常1回2mg)でも降圧効果は2mg使用時と大差ないとされる一方,副作用の発現率は非常に低い。逆に4mgに増量しても,追加の降圧はわずか2~3mmHgにとどまるが,副作用は明らかに増加する。したがって,JSH2025ではチアジド系利尿薬を通常量の半分から4分の1を使うことを推奨する。
実際,単剤で降圧目標を達成できるのは高血圧患者の約1/3にすぎず,多くの症例では2剤以上の併用が必要となる。宗像先生は「1剤を倍量にするよりも,異なる作用機序の降圧薬2剤を半量ずつ併用するほうが,降圧効果の面でも副作用の面でも有利だ」と述べた。異なる機序の薬剤を組み合わせることで,相補的な降圧効果を得ながら個々の副作用リスクを最小化できるという考え方であり,JSH2025でもこの併用ステップがより明確に整理されている。
服用薬剤数が増えるとアドヒアランスの低下が問題となる。これを解決するのが配合剤であるが,日本では配合剤を最初の1剤として処方することができない。また,日本で使用可能な降圧配合剤はARB+チアジド系利尿薬,ARB+Ca拮抗薬の2系統が中心であり,組み合わせの選択肢が限られていることが実臨床上の課題として残ると宗像先生は付け加えた。
注目される新しい選択肢——ARNIとMR拮抗薬
ARNIの特色ある降圧メカニズム
アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)は,現在,国内ではサクビトリルバルサルタン(エンレスト®)が使用可能であり,ARBの作用に加えて,ナトリウム利尿ペプチド(NP)の分解を抑制するという独自の機序を併せもつ薬剤だ。
NPの作用が高まると,ナトリウム利尿が促進され,血管が拡張し,交感神経活性が抑制される。チアジド系利尿薬と同様にNa利尿作用を有しながら,腎機能低下や尿酸の上昇,電解質異常をきたしにくい点は,宗像先生がARNIの利点として強調したポイントである。
さらに,NPには心肥大の抑制や抗線維化といった臓器保護的な作用も知られており,単なる降圧にとどまらない多面的な効果が期待できる。特にRAS抑制だけでは十分な降圧が得られない症例や,心不全を合併する症例,腎機能が低下し尿酸高値の症例での活用が見込まれる。
国内第III相試験では,ARNI 200mg/日がオルメサルタン20mg/日と比較して有意に優れた降圧効果を示しており,JSH2025においてもARNIは降圧薬の選択肢の一つとして位置づけられている。
MR拮抗薬——3種類の使い分け
ミネラルコルチコイド受容体(MR)拮抗薬は,スピロノラクトン,エプレレノン,エサキセレノンの3剤が使用可能である。宗像先生はこれらをステロイド型(スピロノラクトン,エプレレノン)と非ステロイド型(エサキセレノン)に大別したうえで,合併症,腎機能,副作用などを考慮した使い分けのポイントを整理した。
スピロノラクトンはMR以外のステロイド受容体にも作用するため,女性化乳房や月経不順といった性ホルモン関連の副作用が問題となりうる。エプレレノンはMR選択性が高く,性ホルモン関連の副作用は少ないが,高血圧症での使用にあたっては腎機能障害や糖尿病性腎症の合併例で禁忌となるなど,適用上の制約がある。一方,非ステロイド型のエサキセレノンは高血圧症への適応を持ち,エプレレノンに比べて禁忌条件が緩和されている点が特徴である。
JSH2025では,MR拮抗薬は治療抵抗性高血圧への追加薬として位置づけられている。宗像先生は,原発性アルドステロン症のスクリーニングの重要性にも言及し,見逃されている症例が少なくないことを指摘した。いずれのMR拮抗薬でも高カリウム血症のリスクは共通であり,定期的な血清カリウム値の確認が欠かせない。薬剤師による検査値モニタリングの意義が大きい領域といえるだろう。
おわりに
JSH2025の改訂により,降圧目標はよりシンプルかつ厳格になった。全年齢で130/80mmHg未満を目指すということは,これまで「年齢を考慮して140/90mmHg未満でよし」とされてきた高齢者の血圧管理も見直す必要があることを意味する。
その実現のために,本講演では半量併用療法の合理性,チアジド系利尿薬の再評価,ARNIやMR拮抗薬といった選択肢の広がりが示された。降圧薬の選択肢が増え,組み合わせが多様化するほど,処方意図を病態と結びつけて理解し,副作用を薬剤の組み合わせ単位でモニタリングする薬剤師の役割は重みを増す。
そして,北田先生が基礎の立場から示した「ヒトの血圧はそもそも高くなるべくしてなっている」という進化的視点は,患者への疾患説明にも活用できるメッセージだろう。降圧薬を「血圧を無理に下げる薬」ではなく,「現代の環境に合わなくなった身体の仕組みを是正する薬」として伝えることで,患者の治療への納得感は変わってくるはずだ。
引用文献
1) Rakova N, et al: Increased salt consumption induces body water conservation and decreases fluid intake. J Clin Invest, 127: 1932-1943, 2017
(文・「調剤と情報」編集部)