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「汗を気にしない瞬間が,日常的にほとんどない」──タレントの山之内すずさんが当事者として語った言葉である。原発性局所多汗症は国内有病率約10%にも及ぶありふれた疾患でありながら,医療機関の受診経験率は4.6%。患者は「体質だから」と諦め,社会は「マナーの問題」と片づけてきた。外用抗コリン薬という第一選択薬が確立した今,「我慢している人」と日々向き合う薬剤師こそが,受診の入口になり得る。皮膚科医・藤本智子先生(池袋西口ふくろう皮膚科クリニック院長/日本臨床皮膚科医会常任理事)と山之内すずさんが登壇した「汗で病院当たりまえに委員会」発足式(科研製薬・久光製薬・マルホ共催,2026年4月22日)から,薬局でできることを考える。

「仕事中も汗のことを考え続けている」

トークセッションの冒頭,タレントの山之内すずさんは「堂々と座っているように見えるかもしれませんが,立ったときに服の色が変わっていないか,マイクを持つたびに汗が出ていないかと,頭の中で常に考えています」と切り出した。

仕事中でもプライベートでも「汗のこと」ばかりを考え続けているのが多汗症のつらさである。例えば洋服選びでは,似合うかどうかよりも「汗じみが出ないかどうか」をまず考えてしまう。山之内さんは,「夏でも長袖インナーを重ね,デニムの下にもインナーを履く。暑がりなのに薄着ができない矛盾した状態」だと苦笑した。「気にならなければ,もっとおしゃれを楽しめたのに」と振り返る山之内さん。自分の汗のことを受け入れて話せるようになったのは,20歳を過ぎてからだという。

原発性局所多汗症の国内有病率は約10%に対し,受診経験率はわずか4.6%。山之内さんが一人で抱えてきた悩みは,決して特殊ではない。言い換えれば,汗で悩んでいる人の95%以上は,医療機関に辿り着いていないと考えられ,薬局で繰り返し制汗剤を買っていく若い来局者の中にも,汗で深く悩んでいる人がいる可能性が高い。

「汗かき」と「多汗症」の境目

「汗かき」と「多汗症」の境目はどこにあるのか。藤本先生は,本人が汗を減らせれば自分の生活が改善できると感じられるかどうかが線引きだと整理した1)

ヒトはエクリン汗腺が全身を覆う数少ない動物であり,発汗には体温調節だけでなく,皮膚表面に適度な湿りを与え,外界の細菌やウイルスから皮膚を守るという役割もある1)

発汗の指令は,神経終末から放出されたアセチルコリンが汗腺のムスカリンM3受容体に結合することで伝達される。このことから,アセチルコリンの受容体結合を局所でブロックして発汗を抑制しようと,外用抗コリン薬が使用されている1)。実際に腋窩にはソフピロニウム臭化物ゲル(2020年11月),グリコピロニウムトシル酸塩水和物ワイプ(2022年5月),手掌には世界初の手掌多汗症の外用抗コリン薬としてオキシブチニン塩酸塩ローション(2023年6月)が登場し,『原発性局所多汗症診療ガイドライン2023年改訂版』では推奨度Bの第一選択薬に位置づけられている1)

なお発汗のメカニズムは部位によって異なり,「手掌・足底は精神的負荷で誘発される精神性発汗」「頭部・顔面は高温に弱い脳を冷却するための発汗」「腋窩は温熱性発汗と精神性発汗が共存する発汗」と整理される1)

診断にはHornbergerらの基準2)が用いられる。明らかな原因のないまま6カ月以上の局所的過剰発汗を認め,①25歳以下の発症,②左右対称性の発汗,③睡眠中は発汗が止まる,④週1回以上の多汗エピソード,⑤家族歴,⑥日常生活への支障——の6項目のうち2項目以上を満たす場合に,原発性局所多汗症と診断される。重症度は自覚症状によるHyperhidrosis Disease Severity Scale(HDSS)で評価され,4段階のうち「発汗はほとんど我慢できず,日常生活に頻繁に支障がある」(HDSS 3)以上が重症とされる1)

わが国における原発性局所多汗症の有病率は約10.0%。部位別では腋窩が最多(5.9%)で,頭部・顔面3.6%,手掌2.9%,足底2.3%と続く。年代別では20~40代に集中する3)。一方,受診経験率は4.6%にとどまり,一度受診しても治療を継続している人は0.7%にすぎない3)

しかし,多汗症が患者に与える影響は小さくない。腋窩多汗症患者の全般労働障害率は30.5%にのぼり4),パフォーマンスを大きく低下させている。また影響は身体面にとどまらない。カナダ・上海の皮膚科外来患者2,017名を対象とした研究では,腋窩多汗症患者の不安障害有病率は23.1%,うつ27.2%と,非多汗症患者(7.5%,9.7%)に比べ有意に高い5)。多汗症治療によって不安・抑うつスコアが改善するというデータもあり1),治療は本人のメンタル面の負担軽減にも直結し得る。

藤本智子 先生(池袋西口ふくろう皮膚科クリニック院長/日本臨床皮膚科医会常任理事)

(提供:汗で病院あたりまえに委員会)

治療は段階的に

多汗症の治療は,患者の身体的・経済的負担の少ないものから段階的にすすめることが原則とされる1)

前述のとおり,腋窩・手掌では外用抗コリン薬が第一選択となるが,外用で十分な効果が得られない場合は,A型ボツリヌス毒素局注療法(重度例で保険適用)や水道水イオントフォレーシス療法,塩化アルミニウム外用(ODT療法を含む)などが,推奨度Bの治療として位置づけられている1)。また,既存治療に抵抗性で生活への支障が大きい重症例に対しては,胸部交感神経遮断術(ETS)が選択肢となるが,術後の代償性発汗が避けられないため,十分なインフォームドコンセントを得たうえで施行することがガイドラインに明記されている(推奨度C1)1)

いずれの治療においても,藤本先生は外用抗コリン薬について「毎日継続して塗布することが効果につながる」と強調した。外用抗コリン薬は効果発現まで1ヵ月程度を要するとされ1),即効性を期待した患者が「数日塗っても汗が変わらない」と感じて中断してしまえば,本来得られるはずの効果が発揮されないまま治療が終わってしまう。

また,外用ではあるが抗コリン薬であるため,散瞳・霧視・口渇などの特有の副作用について,患者に情報提供するとともに,触れた手で目や口を触らないなどの適切な患者指導も欠かせない1)

「体質やから」で会話が終わる

山之内さんは,これまで何度も周囲に汗の悩みを口にしてきたが,返ってきたのは決まって「体質やから」「若いし,代謝いいもんね」だった。それは,汗の悩みが医療の対象として認識されていないことの裏返しでもある。受診経験率4.6%という数字の背後には,治療選択肢があることを知らないまま諦めている人が,それだけ広がっているということだ。

「きちんと病院に相談して,きちんと処方してもらえる薬があって,改善対策ができるんだなということに,ものすごく希望を感じます」「自分の体質だからと諦めるんではなく,きちんと相談できる場所がある」という山之内さんの言葉からは,薬剤師からの「困っているのなら治療できる」という声かけだけでも,悩んでいる人に希望を与えられる可能性が見えてくる。

山之内さんは撮影現場でのエピソードも語った。汗を吸わない素材のパンツでグラビア撮影中に,足元に「汗の水たまり」ができてしまったことがあったという。「いまの私やから笑えるけど,10代のときだったら,たぶん泣いていたかも」——大人になった今でも恥ずかしかったほどの出来事を,もし多感な10代に経験していたら耐えられなかっただろう,という意味だ。薬局やドラッグストアで制汗剤を手に取る若い来局者のなかには,誰にも言えずに悩んでいる人がいる可能性がある。

トークセッション

おわりに

「汗で病院当たりまえに」プロジェクトが目指すのは,風邪をひいたら病院に行くのと同じ感覚で,汗で困ったら受診できる社会である。実現の鍵は,患者が一人で抱えている悩みを,治療できる疾患として位置づけ直すことにある。

山之内さんが発足式で繰り返し口にした「希望」という言葉は,治療法を知った瞬間の患者の率直な反応である。わが国の患者の95%以上は,まだその瞬間にたどり着いていない。一方で,第一選択薬として外用抗コリン薬が確立し,皮膚科以外の診療科でも処方できる体制は整いつつある。治療の側はすでに用意されている。残されているのは,悩んでいる人と治療をつなぐ経路をどう増やすかという課題である。

制汗剤やデオドラント剤を扱い,処方薬を渡し,市民の生活動線の中にある薬局は,その経路の重要な一つになり得る。

(取材・文:編集部)

引用文献

  1. 1) 藤本智子,他: 原発性局所多汗症診療ガイドライン2023年改訂版. 日本皮膚科学会雑誌. 133: 3025-3056, 2023
  2. 2) Hornberger J, et al: Recognition, diagnosis, and treatment of primary focal hyperhidrosis. J Am Acad Dermatol, 51: 274-286, 2004
  3. 3) Fujimoto T, et al: Questionnaire-based epidemiological survey of primary focal hyperhidrosis and survey on current medical management of primary axillary hyperhidrosis in Japan. Arch Dermatol Res, 315: 409-417, 2023
  4. 4) Murota H, et al: Cost-of-illness study for axillary hyperhidrosis in Japan. J Dermatol, 48: 1482-1490, 2021
  5. 5) Bahar R, et al: The prevalence of anxiety and depression in patients with or without hyperhidrosis (HH). J Am Acad Dermatol, 75: 1126-1133, 2016
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