調剤と情報 2026年4月臨時増刊号 著者インタビュー
処方箋の向こう側にある精神科医の想い
「この患者さん,なんでこんなに薬が多いんだろう?」──精神科の処方箋を前に,そう思いながらも,精神科医に理由を尋ねることをためらった経験はないだろうか。「多剤併用の意図がわからない」「患者さんへの声かけに自信を持てない」「処方が変わった理由を聞いていいのかわからない」──このような精神科の処方箋に対する薬剤師の"苦手意識"の正体は何なのか。本誌2026年4月臨時増刊号『処方箋と患者から読み解く こころの病気と精神科治療薬』の企画・編集を担当された寺尾岳 先生(大分大学医学部 精神神経医学講座)に,精神科医の視点から見た処方の考え方と,薬剤師へのメッセージをうかがった。
精神科の処方はどう組み立てられているのか
——本書では,精神科の処方箋が多剤併用になりやすい背景として,精神科治療薬の多くが対症療法であることが挙げられています。このことを改めて教えていただけますか。
精神疾患は原因がわかっておらず,症状に対して対症的に精神科治療薬が用いられていることがほとんどです。また精神科治療薬の開発の歴史をみても,もともと別の目的で使われていた薬が,たまたまある精神疾患に効いたという偶然の発見から出発した薬物も少なくありません。例えばイミプラミンは,もともと統合失調症への効果を期待して試されたものですが,結果的に抗うつ作用が見いだされ,治験を経て,後づけで適応を得てきました。
実際の診療でも,「うつ病」の患者さんに抗うつ薬を処方するだけでなく,不眠があれば睡眠薬を処方するし,不安発作があれば抗不安薬を処方します。診断が「うつ病」であっても,うつ症状に抗うつ薬,不眠に睡眠薬,不安に抗不安薬のように,症状ごとに効能のある薬を組み合わせていくのが精神科における薬物療法なのです。
そもそも精神科の治療は,薬物療法と精神療法が車の両輪であり,治療全体がすでに併用療法といえます。そのうえで薬物療法のなかでもさらに症状ごとの併用が積み重なっていく。結果として多剤併用になるのであって,最初から多剤併用を目指しているわけではないのです。
——「SSRIが出ているからうつ病」と考える薬剤師は多いと思いますが,本書では「診断名に固執せず,症状を中心に理解するのが実践的」とありました。精神科医が処方を組み立てるとき,実際にはどのように考えているのでしょうか。
薬剤師さんが「SSRIが出ているからうつ病」と考えても,悪くはありません。ただ,SSRIはうつ病以外にも全般性不安症やパニック症,強迫症など幅広く使われますし,同じ抑うつ状態でも診断によって処方の考え方はまったく変わります。
精神科医は処方を組み立てる前に,まず診断を考えます。今までの経過を聞き,今の状態を把握し,家族歴も確認する。抑うつ状態であっても,それがうつ病なのか,双極症の抑うつエピソードなのか,統合失調症の抑うつ状態なのかで,選ぶ薬が変わってくるからです。例えば双極症の抑うつエピソードに抗うつ薬を安易に出すと,賦活症候群や躁転が生じる危険性が高まるため,気分安定薬や第二世代抗精神病薬を優先させます。
もちろん,こうした判断には経験の裏づけもあります。ガイドラインに沿うことが基本ですが,経験を積むと「この患者さんにはこの薬が合いそうだ」という感覚が働くようになる。論理だけでは通らない部分があるのも,精神科の難しさです。
精神科医が抱える葛藤と,治療が目指すもの
——本書には「難治性の精神疾患では,処方ごとの試行錯誤の結果として多剤併用になっていることもあり,一概に批判できるものではない」と書かれていました。一方で,先生ご自身は減薬を進めたいともおっしゃっています。精神科医は多剤併用について,どのような葛藤を抱えているのでしょうか。
多剤併用は,患者さんにとって身体的にも経済的にも負担になりますし,薬物相互作用のリスクも高まります。精神科医としても,どの薬が効いていてどの薬が効いていないのか,わかりにくくなるので,できるだけ処方をシンプルにしたいという気持ちは常にあります。
ただ,薬を減らすときは慎重にならざるを得ません。一つずつ減量してみて,問題がなければそのまま中止しますが,悪化すれば,その薬はやはり必要だったということですから元に戻し,別の薬の減量を試みる。この繰り返しで少しずつ処方を整理していくしかないのです。漫然と多剤併用を続けるのではなく,常に出口を見据えた治療を意識することが大切だと考えています。
——処方例のなかで特に印象的だったのが,統合失調症の患者さんに炭酸リチウムを追加したところ,「死ね」という幻聴が消えたわけではないが「柔らかい声で遠くから聞こえるようになった」というエピソードです。完治ではなく「楽になる」という感覚は,精神科の治療ではどのくらい重要なのでしょうか。
精神科の治療では,症状を完全に消すことが難しいことも少なくなく,幻聴は抗精神病薬を増やし続けても消えないことがあります。では,どのような状態を目指すかというと,幻聴が聞こえていても患者さんが怖くない状態,安心していられる状態を作ることです。いわば透明のシェルターで患者さんを守ってあげるようなイメージです。シェルターの中にいれば,「死ね」という声が聞こえても,それに脅かされずに過ごすことができる。
この「楽になる」は,「生きていく気持ち」に直結します。自殺ばかり考えていた患者さんが,楽になることで死にたい気持ちから遠ざかっていく。病気を完全に治すことはできなくても,患者さんが生きていこうと思える状態にもっていく。精神科の治療では,これが非常に重要な意味を持つのです。
インタビューに応える寺尾 岳 先生(大分大学医学部 精神神経医学講座)
薬剤師にできること
——CASE 5で「その配慮,逆効果かも?」という章を書かれています。ノセボ効果の研究では,副作用を網羅的に説明すること自体が副作用を増やすという知見もあるとのことでした。薬剤師は副作用説明をどの程度行うべきか,先生のお考えを聞かせてください。
発生頻度の高い副作用に絞って説明し,期待できる効果を強調するのがよいと思います。細かいものまで網羅的に説明しても,患者さんが不安になるだけです。ただし,ラモトリギンによるスティーヴンス・ジョンソン症候群(SJS)のように,頻度は低くても重大なものについてはきちんと伝えるべきです。
それと,副作用を伝えるときには対処法も一緒に伝えてほしい。例えばオランザピンの体重増加なら,「間食を控えて運動すれば,その分,体重増加を抑えられます」と一言添える。運動は気分の改善にもつながりますから,治療全体にとってもプラスになります。
——本書はCASE 1からCASE 5まで,処方箋の読み方から患者さんとの距離感まで幅広い内容です。まだ精神科に苦手意識のある薬剤師が最初に読むとしたら,どこから入るのがおすすめですか。
一つひとつの項目が独立した内容になっていますから,どこから読んでも大丈夫です。まず全体をめくってみて,興味をひいたところから読んでいただければと思います。例えば,普段関わっている患者さんに統合失調症の方がいればそこから,双極症の処方で迷いがあればそこから入っていただくのがよいかもしれません。
——先生は「はじめに」で,薬剤師と精神科医の「考えや想いの溝」を埋めたいと書かれていました。その溝を埋めるために,薬剤師の側からできることは何だとお考えですか。
まずは本書を丁寧に読んでいただくことで,知識としての土台は作れると思います。そのうえで,日頃から精神科医とコミュニケーションを取ることが大事です。精神科医と同じ病院で働いている薬剤師さんなら精神科医が身近にいるわけですから,わからないことがあれば聞けばいい。薬局の薬剤師さんであれば,講演会や講習会の場で精神科医に質問してみる。そういう積み重ねが,結局のところ溝を埋めていく一番の近道だと思います。
おわりに
多剤併用には理由がある。精神科医も悩んでいる。そして治療のなかで患者さんが「楽になった」と感じられる状態をつくることが,生きていく気持ちにつながっていく。寺尾先生の言葉からは,処方箋の一行一行に込められた精神科医の想いと,そこに薬剤師の理解が加わることへの期待が伝わってきた。明日の現場で処方箋を手にしたとき,その裏側にある精神科医の想いに少しでも近づくために,ぜひ本書を開いてみてほしい。
(取材・文:編集部)