PCV20が定期接種に
高齢者の肺炎「治療」から「予防」へ
2026年4月1日,高齢者の肺炎球菌ワクチン定期接種に用いるワクチンが,従来の23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(PPSV23,ニューモバックス®NP)から,沈降20価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV20,プレベナー20®)に切り替わった。多糖体型から結合型への転換は,単なる製品変更ではなく,ワクチンの免疫学的な設計思想そのものの移行を意味する。これに先立つ3月31日,ファイザーが都内で開催した「肺炎球菌感染症」予防啓発イベントでは,舘田一博先生(東邦大学医学部微生物・感染症学講座)と山本和子先生(琉球大学大学院医学研究科感染症・呼吸器・消化器内科学講座)が登壇し,高齢者肺炎の深刻さと新ワクチンへの期待を語った。
肺炎は「死因第5位」にとどまらない
「肺炎は老人の友」──近代臨床医学の父 William Oslerが,高齢者が最期を迎えるとき,そこにはしばしば肺炎がある,という意味で残した有名な言葉である。肺炎は日本人の死因の第5位であるが1),その数字が示すのは直接死因としての順位に過ぎない。がんや心疾患で闘病の末に肺炎を合併して亡くなった場合,死因は肺炎とはならないからだ。「第5位という数字以上の恐ろしさがある」と舘田先生は語る。
慢性腎疾患や慢性心疾患などの基礎疾患がある人は肺炎球菌感染症が重症化しやすいとされるが,実は65歳を超えるだけでもリスクは大きく高まり2),肺炎死亡者に占める65歳以上の割合は97.8%にのぼる1)。
また,明確な季節性がないことも見逃せない。インフルエンザは冬,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は夏と冬に流行のピークがあるなど,感染症には特有の流行パターンがあることが多いが,侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)には,そうした季節性がみられない3)。つまり高齢者にとって,肺炎球菌は一年を通じてリスクであり,「ワクチンによる予防が重要」であると,舘田先生は強調した。
舘田一博先生(東邦大学医学部微生物・感染症学講座)
侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)──「治しても元に戻れない」怖さ
続いて登壇した山本先生は,自身の臨床経験も交えながら高齢者肺炎の実態を語った。
IPDは,血液や髄液など本来無菌の部位に肺炎球菌が侵入して起こる感染症で,感染症法に基づく届出対象疾患に指定されている。IPDの死亡率は全年齢で20%を超え,さらに80歳以上に限定すると30%を超える4)。しかも,IPDで死亡した患者の半数以上が入院後2日以内に亡くなっているとするデータもあり5),極めて重大な感染症である。
命を取り留めたとしても,問題は終わらない。市中肺炎を経験した高齢者の約4人に1人は,再入院や介護施設への入所,あるいは死亡により自宅生活に戻れず,医療・介護関連肺炎の場合は,その割合が8割に達するという6)。また,この感染症は身体機能を低下させ,寝たきりへと向かう悪循環に陥ることから,「肺炎球菌感染症は健康寿命を縮める大きなきっかけになる」と,山本先生は警鐘を鳴らす。
それだけでなく,認知症リスクの上昇(2倍以上),入院医療費の負担(40万円以上),家族の付き添い(約1カ月以上)──など,患者本人だけでなく家族や社会にも大きな影響を及ぼす疾患であり,山本先生も同様,予防の重要性を訴えた7),8)。
山本和子先生(琉球大学大学院医学研究科感染症・呼吸器・消化器内科学講座)
小児での成功を高齢者へ──PCV20導入の意義
結合型肺炎球菌ワクチンは,すでに小児領域で大きな成果を上げている。2013年にPCV13が小児の定期接種に導入されて以降,接種率は95%を超え,小児のIPD報告数は大幅に減少した9)。舘田先生は「子どもたちで有効性も安全性も確かめられてきたワクチンを,いよいよ高齢者にも届けられるようになった」と,今回の制度変更の意義を強調した。
しかし課題もある。高齢者の肺炎球菌ワクチン接種率は,2014年にPPSV23の定期接種が始まって以降も37%程度にとどまってきた10)。舘田先生はこの数字を示したうえで,「結合型ワクチンの導入を契機に,必要な人に必要なワクチンを届けていくことが大事だ」と訴えた。なお,結合型ワクチンは米国,カナダ,フランスなど世界各国ですでに公費助成のもとで接種が進んでいる。
今回の定期接種の対象は65歳の者,および60〜64歳で心臓・腎臓・呼吸器の機能障害またはHIVによる免疫機能障害を有し日常生活がほぼ不可能な者とされ,65歳を超える人への経過措置は設けられていない。
トークセッションから──「予防は未来の自分へのエール」
セミナー後半では,肺炎球菌感染症予防啓発アンバサダーに就任した俳優の柳沢慎吾さんを交えたトークセッションが行われた。
柳沢さんの「高齢者の肺炎にはどんな自覚症状があるのか」という問いに,「若年者のように高熱や激しい咳が前面に出るとは限らず,高齢者の場合は,『なんとなくぼんやりしている』『食欲がない』といった変化にとどまることがある」と,山本先生は答えた。肺炎だとわかりにくいのが高齢者の肺炎の特徴であり,それが診断の遅れ,ひいては重症化につながり得るという。
定期接種の対象は原則65歳であるが,それ以上の年齢でも任意接種でPCV20を受けることはできる。費用の自己負担は大きくなるものの,「肺炎で入院したときの経済的・身体的な負担を考えれば,はるかに小さい」と舘田先生は語り,対象年齢を過ぎた患者にも接種の選択肢を伝えることの大切さを強調した。
最後に,柳沢さんは「予防は未来の自分へのエール」というメッセージを掲げた。4月1日からはテレビCMの放映も始まり,65歳の対象者には自治体から接種券が届く。慢性疾患を抱える高齢者が日々訪れる薬局において,肺炎球菌ワクチンに関する情報提供は欠かせないだろう。患者の関心が高まる今こそ,ワクチンの意義や接種の選択肢を伝える好機といえる。
結合型ワクチンへの切り替えという新たな一歩が踏み出された今,患者との日常的な接点を持つ薬剤師が果たせる役割は大きい。
引用文献
1) 厚生労働省:令和6年人口動態統計月報年計(概数)の概況
2) van Hoek AJ, et al: J Infect, 65: 17-24, 2012
3) 国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト: 感染症発生動向調査週報
4) Hanada S, et al: PLoS One, 11: e0147877, 2016
5) 厚生労働科学研究費補助金 新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業「重症型のレンサ球菌・肺炎球菌感染症に対するサーベイランスの構築と病因解析,その診断・治療に関する研究」
6) Kato T, et al: J Infect Chemother, 22: 662-666, 2016
7) Yamada K, et al: Respir Med, 234: 107830, 2024
8) 五十嵐中, 他: Therapeutic Research, 43: 397-409, 2022
9) 小児・成人の侵襲性肺炎球菌感染症の疫学情報
10) 厚生労働省: 定期の予防接種実施者数
(取材・文:編集部)