書籍「精神科医療を理解するための 精神科薬物療法テキストブック」の編集者・著者に聞く
患者に届く薬剤師のことば ─薬のプロという信頼感
精神科医療の現場では,疾患への理解と治療の中核を担う薬物療法,そして多職種連携が欠かせない。ただ,精神科領域は何だかこわい,よくわからない,といって敬遠してはいないだろうか。『精神科医療を理解するための 精神科薬物療法テキストブック』の編集代表を務めた昭和医科大学烏山病院の黒沢雅広氏(同院 薬局)は,「精神科医療の歴史を知れば,患者さんへの向き合い方が変わる。奥深く,やりがいのある領域だ」と話す。そして同書の,精神保健福祉法に関する章を担当した精神保健福祉士(MHSW)の宮本尭明氏(同院 精神保健福祉室)は,患者が"薬剤師"からの薬の説明に耳を傾け,服薬に対する意識が変わる瞬間を間近で見てきた経験を語ってくれた。
精神科医療の歴史を知ることが,第一歩
─本書を通して,どのようなことを伝えたいですか?
黒沢:精神科医療を理解するうえで重要なのが,過去の歴史,変遷,そして患者が受けてきた処遇を知ることだと思います。精神疾患は長い間,「悪魔憑き」「狐憑き」とよばれるような超常的なものとして扱われ,治療といっても寺院での祈祷や焚き火での「悪霊払い」や,座敷牢に閉じ込める,身体拘束を行うなどといった隔離と管理が中心の時代が続いていました。特に日本は,精神科医療の近代化が世界よりも大きく遅れていました。
薬物療法の歴史も試行錯誤の連続で,寺院で作られた秘伝の漢方処方,冷水治療やショック療法,さらにはロボトミー手術など,数々の試みが繰り返されてきました。こうした歴史を知ることで,いまの精神科医療の成り立ちや,チーム医療としての本質がみえてくるのです。
ただ,現在の薬学教育では,精神科領域を体系的に学ぶ機会はほとんどなく,「精神保健福祉法」について学ぶ機会もありません。薬物史も"クロルプロマジンは何年に開発された"程度で,実臨床の背景は学びません。そのため,多くの薬剤師が偏見や誤解を抱いたまま現場に出てしまうのだと思います。
精神科領域は検査値などの客観的指標が乏しく,"ブラックボックス"である脳を扱う難しさがあります。だからこそ,医師だけでなく,看護師,薬剤師,公認心理師,精神保健福祉士(MHSW),作業療法士,管理栄養士など多職種の視点が不可欠なのです。
─MHSWは,医療チームのなかでどのような役割を担っているのですか?
宮本:明治時代から昭和初期にかけて,精神疾患のある方々は社会から隔離され,管理されることが一般的でした。当時は私宅監置や病院収容が中心で,患者本人の意思や権利が軽視されており,家庭や医療施設での管理が優先されていました。
戦後に,精神保健法(現 精神保健福祉法)が施行され,精神科医療は徐々に「権利擁護」を重視する方向へと転換し,拘束や隔離を中心とした管理型医療から,患者本人の自己決定権や社会復帰を考慮した支援へと移行が進んだという背景があります。さらに近年では,地域精神医療の推進により,入院中心の医療から地域生活支援中心の医療へと変化しています。こうした流れのなかで,医療と生活支援の橋渡しを担うのがMHSWであり,患者の権利擁護や生活支援を包括的に行う専門職としての役割が重要となってきました。
患者から伝わる,薬剤師に対する圧倒的な信頼感
─MHSWからみて,薬剤師はどのような役割を担っていますか?
宮本:精神科医療において,薬物療法は治療の中心であると同時に,社会的支援や生活支援と統合して行うことが求められます。単に症状を抑えるだけではなく,患者が社会に参加し,就労や学習,家族関係の改善,経済的自立を達成できるよう支援することが重要となるのですが,この薬物療法の適正管理と生活支援の統合において,薬剤師は中心的な役割を果たしています。
私たちMHSWは,患者の生活状況や権利を考慮した支援計画を立て,地域資源の活用を調整しますが,その際,薬剤師による服薬管理や副作用観察,患者への心理的支援は,MHSWによる支援を補完することにつながっています。
つまり,薬を提供するだけの存在にとどまらず,薬剤師の視点による情報提供やカンファレンスへの参加などといった薬剤師活動自体が,MHSWの支援を補完し,患者の治療の安全性,生活安定や社会参加を支える重要な要素になっていると思います。
─MHSWとして,薬剤師の役割の重要性を感じるのは,どのようなときですか?
宮本:私たちも日々,患者や家族と向き合いながら生活支援を行っているわけですが,そのなかでも「薬剤師は患者にとって信頼されている専門職である」と,肌で感じる場面はよくあります。薬剤師に対する信頼感が,患者から伝わってくるのです。
例えば,生活習慣の改善や服薬の工夫について患者に声をかけても,なかなか行動に移せない人が多くいます。MHSWや看護師からでは,「そうは言っても……」と足踏みされる場面が少なくありません。しかし,同じ言葉でも薬剤師が話すと,患者の受け止め方が明らかに変わるんです。「薬の専門家が言うなら薬を飲んでみようか」という気持ちに自然と切り替わるさまを,何度も目の当たりにしてきました。
精神疾患のある患者は,症状の変動や副作用,生活リズムの乱れ,心理的ストレスなど,さまざまな要因で服薬が不安定になることがあります。服薬忘れの増加や副作用による訴え,薬の種類や量による生活負担,心理的な不安などは,医師には伝えにくく見逃されることが少なくありません。他の医療職に比べて薬剤師は,薬を通して患者に一番近い存在なのではないでしょうか。
薬局に訪れる際などに患者の変化をいち早く把握することができますし,薬剤師がこれらの情報を収集し,チームの医師やMHSWなどに共有することで,患者の症状悪化を未然に防ぎ,あるいは早期に発見し,安全な服薬管理を続けてもらうことができます。実際に私も,薬剤師からの情報を受けた後,「では,どうするか」の部分について,MHSWとして患者の困りごとに応じます。
また精神疾患のある患者は,副作用や薬の効果に不安を抱くことが多く,それが服薬の中断や自己判断での怠薬につながることがあります。そこへ薬剤師から,「副作用が心配なときは相談してください」「飲みにくい場合は服薬方法を工夫しましょう」といった声かけや,丁寧な説明があると,患者にとって大きな支えとなり,服薬継続意欲を高めるきっかけになっていることを知っていただきたいです。こうした薬剤師の関わりが,患者に心理的な安心感を提供していると感じていますし,患者の生活全体の安定にも直結する重要な役割があると思います。
宮本尭明氏
MHSWの立場から薬剤師に望むこと
─薬剤師の "はたらき "(薬剤師効果)を目の前で見ているのですね。
宮本:はい。MHSWとしては,薬剤師に対していくつかの期待があります。まず第一に,日常の観察を通じて得られる情報を積極的に医療チームに提供していただきたいです。患者の表情や言動,家族の様子,経済的困難の兆し,服薬に伴う心理的葛藤などは,医師の診察だけでは把握しきれないことが多くあります。薬剤師がこれらの情報を提供することで,MHSWは患者に必要な生活支援や社会資源の導入をタイムリーに行うことができます。
第二に,患者とのコミュニケーションを通じて,服薬や治療への心理的安心感を提供していただきたいです。先ほども述べましたが,精神疾患のある患者は,不安や恐怖心から服薬をためらうことが多いので,薬剤師が日常の会話や相談を通じて不安を軽減してくれることは,治療継続や生活の安定につながります。この安心感の提供は,医療行為の補完として非常に重要な役割を果たします。
第三に,薬剤師が得た情報をもとに,患者の生活課題や支援ニーズを医療チームに提案してほしいです。服薬忘れや薬への抵抗が頻発する場合,それは生活リズムの乱れや経済的困難,家族関係の問題などと関連していることがあります。薬剤師が提供する情報は,単なる医療リスク管理にとどまらず,生活支援や権利擁護の観点でも非常に価値があるのです。
─薬剤師とMHSWはどのような連携をしているのですか?
宮本:精神疾患のある患者の生活支援は,多職種協働なしには十分に機能しません。特に,薬剤師とMHSWの連携は,治療と生活支援を結びつける重要な基盤になると思っています。
患者の症状や服薬行動を,薬剤師の視点で早期に察知できることは重要で,そうした日常的に観察した情報がMHSWを含む医療チームにフィードバックされることで,支援計画の精度が増し,治療の安全性を高め,患者の生活の質を向上させることにもつながります。
患者,家族との面談や関係者会議に,当院の薬剤師にもよく参加してもらうのですが,服薬や副作用への不安の声に対し,薬剤師が丁寧に説明することで,患者は不安が解消されて薬を受け入れ,家族も安心できるなど,アドヒアランスが向上していきます。また一方で,服薬指導の際に患者さんがどのように話していたかなどをMHSWにも共有してもらえると,例えば金銭的なことや生活に関わることであれば「私のほうから調整してみますね」と動くことができ,それぞれの職種の役割をまっとうできると思います。
今後も,薬剤師とMHSWが密接に連携することで,患者の権利擁護と生活支援を両立させ,安全で効果的な精神科医療を提供することが可能になると思います。
精神科医療の本質に近づくために
─精神保健福祉法に関する章(第 5章)を構成に盛り込んだ背景を教えてください。
黒沢:精神科医療に関わるすべての職種にとって,精神保健福祉法を理解することは"基礎"となります。薬剤師だけでなく,精神科医療に携わるスタッフがこの法律を知らなければ,患者さんをどう捉え,なぜその処遇が必要なのかという本質がみえてきません。
精神科病院では,研修などの機会があるので理解が進んでいますが,一般病院や薬局の薬剤師には馴染みが薄いことも精神科医療の理解が進まない一つの課題でもあります。
精神科の実習に行く学生に対し,「大丈夫? こわくない?」と声をかける薬剤師がまだいるのが実情です。そうした偏見が,まだ薬剤師でも根強く残っているのです。だからこそ,患者さんの医療・生活・社会のつながりを支援するプロともいえるMHSWに執筆してもらい,法律の背景やその意義をしっかり伝えたかったんです。
まず本書を手に取ったら,この第5章から読んでいただきたい。本書の最大のポイントです。
黒沢雅広氏
病院だけでなく「保険薬局の薬剤師」にこそ届いてほしい
─本書は,日本精神薬学会の認定薬剤師制度「精神薬学会認定薬剤師」取得を目指す方のテキストにもなっていますね。
黒沢:現在,日本精神薬学会の会員は病院薬剤師が多く,おそらく自施設に精神科がある方が多いのではないかと思います。ですので,精神科のない病院,薬局の方々にも届いてほしいです。特に,薬局には精神疾患のある患者が多く訪れると思います。その際に,ちゃんと知識をもって,じっくり向き合って,相談に乗れるような薬剤師になってほしいという想いがあります。病院では精神科がないと臨床経験を積む機会,また学んだことを実践する場が少ないのですが,その点でいえば,薬局には幅広い患者さんが来ますので,精神科領域の薬学的支援がしやすいと思います。書籍を活用して基礎を押さえ,地域精神医療へ薬局の薬剤師にこそ参加してほしいです。
精神科系の薬は種類も多く,併用薬の調整や副作用フォローなど,薬剤師が果たせる役割は大きいと思います。こわい,わからないと距離を置くのではなく,正しい知識をもって向き合ってほしい。そのための土台として,このテキストを活用してほしいですね。
認定取得には,認定試験の合格に加えて,薬剤師として直接介入したことを示す症例報告(10症例)が必要です。医師の後追いでは症例になりません。薬剤師として判断し,医師に提案して受け入れられた,あるいはうまくいかなかった症例,うつ病や統合失調症をはじめ,さまざまな症例に向き合い,具体的に介入した内容とその転帰を書いていただきたいです。
[インタビュー:『月刊薬事』編集部]
書籍情報
書籍担当者からひとこと
患者さんが健康的に自分らしく生活していくために,病院薬剤師も薬局薬剤師も精神科医療における薬物療法を通して包括的なケアシステムに寄与してほしい! そんな願いがこめられた書籍です。