「みんなより明らかに見えなかった」
──大学2〜3年生の頃に網膜色素変性症と診断されたそうですが,症状は幼少期からあったそうですね。
そうですね。保育園の頃,迎えにきてくれた親の顔がわからなかったり,今思えば夜盲の症状だったのかもしれません。他にもよくつまずいたり,ガラスにぶつかったり,周りより「見えてないかも?」と薄々感じていました。でも,見た目は健康そうだったし,生まれたときからそうだったので「これが当たり前だ」と,あまり気にしていませんでした。
──診断のきっかけは何だったのですか。
たまたま近所に新しく眼科ができたので,コンタクトレンズが作れるなと受診したのがきっかけでした。初診だったので問診票を書いたのですが,そこに「暗いところで見えにくい」というチェック項目があり,「あ,該当するな」と何気なくチェックを入れたんです。
すると診察の際に医師から「一応,検査してみましょうか」と,眼底検査を受けることになりました。その結果,「網膜色素変性症です。5〜10年で失明する可能性があります」と告げられました。
──薬学部在学中の診断でしたが,薬剤師としての将来に不安は感じましたか。
正直,幼少期から周りと少し違うなという感覚はあったので,そこまで「え? なんで自分が?」みたいな感じではなかったです。当時はまだ視力もあったし,全然介助も必要じゃなかったので,そこまで生活に支障はありませんでしたから。
ただ,薬剤師としての将来を考えると,さすがに大学を辞めようかなとも少しだけ思いました。しかし,「とりあえず資格は取ってくれ」と親に言われたのと,僕自身,結構ポジティブなので,「だいぶ先のことっしょ」と,白杖をつくようになるのは40歳,50歳になってからだろうと思っていました。……実際に10年ほどで,本当に見えなくなりましたけどね。
中学2年のとき「これだ!」という出会い
──もともと医師への憧れがあったそうですね。
祖父が医師だったんです。40歳くらいで亡くなってしまったそうなので,会ったことはないのですが,祖父が開いた病院が実家から100メートルほどのところにあって,祖母がそこに住んでいました。おばあちゃん子だった僕はしょっちゅう遊びに行っていて,病院のちょっとしたお手伝いなんかもさせてもらっていました。そういう環境だったので,医師という仕事にはずっと親近感があって,中学1年生くらいまで「医者になりたいな」と思っていました。
──そこから薬学部に進路変更した理由は何だったのでしょうか。
ブレイクダンスは他のスポーツなどと違い,"他人と違うこと"が評価されます。その点に大きな魅力を感じ「これしかない,絶対一生続けたい」と思ったことが最大の理由です。
医師を目指してはいましたが,間近で見てきた医師の仕事の忙しさを考えると,ブレイクダンスを続ける時間はほとんど取れないかもしれないと悩んでいました。かといってBboy(ブレイクダンサー)としての道も考えましたが,当時はBboyのイメージが本当に悪くて,親に「ブレイクダンサーになりたい」なんて,とても言える空気じゃありませんでした。
どうしようかなと思っていたときに,たまたま薬剤師をしている叔母に相談したら,「薬局は仕事が終わった後に時間があるよ,ダンスできるんじゃない?」と教えてくれたんです。薬の勉強も面白そうだし,ダンスも続けられる……「薬剤師も悪くないかも」と思って,薬学部に進むことを決めました。
白杖×ブレイクダンス=世界唯一のスタイル
──白杖を持って踊るようになったきっかけを教えてください。
薬局で働きはじめて少し経った頃,そろそろ白杖をつかないと歩くのが難しい段階に入ってきました。そうなると薬剤師業務で関われる内容も限られてきて,どうしたらよいかなと産業医の先生に相談したんです。実は,医療従事者が白杖をつくと,患者さんからも,医療従事者からも良く思われないことがあります。そんななかで,産業医の先生は,僕が視覚障害をもちながら薬剤師をしていて,ダンスもしていることを「面白いね」と言ってくれました。
確かに,視覚障害をもった薬剤師B-boyは世界でもおそらく僕だけの個性です。なので,この個性をSNSで発信してみようと思ったんです。ただ,視覚障害は見た目ではすぐにわからないので,SNSの数秒の世界では伝わりません。白杖には視覚障害者であることを周囲に知らせる「シンボルケーン」としての役割もありますが,そもそも白杖にそういう意味があることを知らない人も多いのが現状です。
だったら,白杖を持ったまま踊ればいい。それなら僕の個性も伝わるし,白杖そのものを知ってもらうきっかけにもなる。そう思って,白杖を持って踊るようになりました。
──世界で唯一のスタイルということですが,白杖を使った技や十八番の技についても教えてください。
白杖を使った動きは,細かいものも含めるとかなりの数になります。そのなかでシグネチャー(得意技)が10種類ぐらいあって,一番の代名詞はウィンドミルですね。ただ,自分で最も得意だと思っているのは実はフットワークなんです。オリンピックでブレイキンが正式種目になって,メディアでも大技が注目されがちですが,そこに至るまでの流れやフットワークにこそ魅力があるんです。今後はそこをもっと発信していきたいと思っています。
──逆に白杖を持っているとできない技もあるのでしょうか。
もちろんあります。具体的には,両手を使うような技では白杖を持てません。そういうときは,口にくわえるというやり方もします。漫画「ワンピース」に登場するゾロみたいで格好いいかなと(笑)。
大会や会場の雰囲気にもよるのですが,そもそも白杖を持たないでダンスをする場合はあります。ただ,前述のとおり普通にやるだけでは視覚障害者であることや白杖の理解促進につながりません。そこで,登場のときだけ白杖を持って,実際にダンスするときは置いておくこともあります。
──現在,活動の幅は世界に広がっていますが,視覚に頼れないなかでダンスの完成度はどうやって高めていますか。
主にはシルエットと,自分の感覚,あとは仲間やSNSの反応や感想です。頭の中で身体の動きをイメージして,実際に試してみる。もう20年以上ブレイクダンスを続けているので,だいたいできているかどうかは感覚でわかります。もちろん,細かいところまではわからないのでもどかしい部分もあるのですが,そういうときは仲間に「ちょっとこの新しい動き,どう?」って見てもらって感想を聞いたり,SNSに上げて反応をみて完成させていくって感じです。
ILL-Abilities加入と世界への挑戦
森さんにはダンスの世界で憧れや影響を受けた存在がいる。小児麻痺の影響で右足が義足でありながら驚異的な腕力で踊る「Junior」と,松葉杖を使ってダンスする「Lazylegz」。そして,彼らが所属する,障害をもつブレイクダンサーの国際チーム「ILL-Abilities」である。
──森さんにとって,JuniorさんやLazylegzさんはどのような存在ですか。
2004年頃からソロバトルの世界大会で活躍しているのをずっと見ていました。障害を自分の個性としてダンスに活かして,めちゃくちゃかっこいいんです。そういう彼らの姿が,「俺も病気が重くなっても何かできるんじゃないか」と背中を押してくれました。
実は,今年の6月にカナダに行って,彼らと一緒に活動する予定なんです。ILL-Abilitiesに加入することは,ダンサーとしての目標の1つでもあったので,とても楽しみにしています。
視覚障害者からみた薬局
──視覚障害をもつ患者が来局することも少なくないと思いますが,視覚障害者の視点からみて薬局はどのような場所なのでしょうか。
実は視覚障害者にとって,薬局ってとても行きにくい場所で,視覚障害者向けの薬局はほとんどありません。例えば,白い紙に黒やグレーの文字はとても見えにくいんです。薬剤情報提供書や薬の説明書も同様で,読むのにとても苦労します。黒背景に白文字や黄色文字にしてくれるだけで,ぐっと読みやすくなります。それは見やすさだけでなく,薬を間違えないという安全面でも重要だと思います。
──森さんは「誰も取り残さない社会」という福祉活動にも力を入れていらっしゃいますが,薬局が「誰も取り残さない場所」になるためにはどうしたら良いと思いますか。
ブレイクダンスをはじめとしたヒップホップカルチャーの根本に「Peace,Unity,Love,and Having Fun」という理念があります。これは1970年代,ニューヨークでギャング同士の抗争が絶えなかったときに,暴力ではなく創造性で競いあおうという理念から生まれました。「Peace(平和):争いや暴力をやめること」「Unity(団結):人種や地域の壁を越えてつながること」「Love(愛):自分自身,他者,そしてカルチャーへの愛とリスペクト」「Having fun(楽しむこと):ネガティブなエネルギーを音楽やダンスを通してポジティブなエネルギーに変えること」という意味が込められています。
この理念は,薬局という場所にもあてはめることができます。困っている患者さんのそれぞれの立場や状況を理解し,患者さんとのつながりを楽しむことが基本軸として重要なのではないかと思います。
たしかに,薬局経営という視点で考えれば非効率的な部分もたくさんあります。しかし,「Peace,Unity,Love,and Having Fun」を体現できる薬局は,とても魅力的になるだろうし,処方箋を持たずに相談しに来る患者さんが増えていくと思います。そうすれば,長期的には薬局経営としてもプラスになるし,患者視点でみても「誰も取り残さない薬局」に近づいていくんじゃないかなと思います。
──視覚障害のある患者さんが来局したとき,薬剤師にこうしてほしいということはありますか。
実は視覚障害って,その人によって全然見え方が違います。なので,その人その人の見え方を聞いてほしいなと思います。「どのくらい見えていますか,差し支えなかったら教えてください」ってはっきり聞いて共有してくれることが,患者としては安心につながります。
繰り返しになりますが,見え方は本当に人それぞれなので「視覚障害の人にはこのシールを貼る」というようなマニュアル対応だと,全然役に立っていないということもあります。しかし,役に立っていなくても,患者としてはなかなか言い出せません。そうなると,薬学的管理が適切に行えているのかという問題になります。どこまで聞いていいのかと戸惑うこともあるかもしれません。でも,見え方の共有は医療従事者として必要な情報です。ぜひ意識してもらえたらと思います。
あと,もしすでに視覚障害者対応に取り組んでいる薬局があれば「うちは視覚障害者に親切な薬局です」と大々的に打ち出してほしいなと思います。そういった文言があるだけで,視覚障害者としては,「この薬局はわかってくれる」と入りやすいなと思います。
薬剤師へのメッセージ
──最後に,薬剤師の皆さんへメッセージをお願いします。
1970年代のニューヨーク,ギャングたちが殺し合いをしていたなかで,ブレイクダンスやラップ,DJで勝敗をつけようという流れから,ヒップホップが始まりました。そして,若者たちがヒップホップに熱中することで,街が平和へ向かっていったという歴史があります。ブレイクダンスの根底にあるのは,目先の勝ち負けよりも「Peace,Unity,Love,and Having Fun」を大事にするという哲学です。
僕はそれをブレイクダンスを通じて感じましたし,いろんな宗教や哲学を勉強しても,結局みんな同じことを言っているなと思いました。
目先の利益に走りすぎると,本当に大切なものを失い,長期的にもうまくいきません。患者さんはお金じゃないし,処方箋でもありません。患者さんに「優しさ」を持って接することが薬剤師に求められていることだと思います。
ダンサーとしては,America's Got Talentへの出演やILL-Abilitiesとの全米ツアー,さらにはRed Bull BC OneやアウトブレイクやIBEといったブレイクダンスの世界大会タイトルの獲得。また,障害者が生きやすい社会の実現に向けた活動など,その幅は広い。そして,これらすべての活動の根底にあるのは,「Peace,Unity,Love,and Having Fun」であり,「誰も取り残さない社会」の実現である。
最後に,「自身が社長になって,視覚障害者のための薬局を作るのはどうですか?」と聞いてみた。「とんでもない葛藤と苦労はあるだろう」と前置きしつつも,「挑戦的で面白そうだ」と笑いながら答えてくれた。
挑戦にこそ価値がある──白杖を握りながら挑戦し続けるダンサーの言葉には,そう信じるに足る重みがあった。
森 仁志(もり ひとし)
白杖ダンサー(Ci FLAVORSグループ所属・薬剤師)
明治薬科大学薬学部卒。第100回薬剤師国家試験合格。網膜色素変性症により視野は健常者の約1〜2%。白杖を使用したブレイクダンスは世界唯一のスタイルで,東京2020パラリンピック閉会式,第72回紅白歌合戦「マツケンサンバⅡ」,24時間テレビ,True Colors Festivalなどに出演。NPO法人LEAVE NO ONE BEHIND代表理事。2026年より障害をもつブレイクダンサーの国際チーム「ILL-Abilities」に加入予定。
Peace,Unity,Love,and Having Fun