子どもの名前を冠した「あろま薬局」に込めた想い
——「あろま薬局」という印象的な名前ですが,その由来を教えていただけますか。
「あろま薬局」という名前に触れると,「アロマオイルとか売ってるんですか?」とよく聞かれます。確かに,あろま薬局ではディフューザーで季節にあわせたアロマを香らせており,約20種類の精油を取り扱っています。でも,このネーミングの理由は,単にアロマオイルを売ることだけが目的ではないんです。
実は,この「あろま薬局」という屋号は,私自身の子どもの名前から名付けました。子どもの名前をつけた薬局は,単なる調剤をする場所というだけでなく,「自分の大切な家族に,胸を張って安心だと提供できる医療とケア」をお届けしたいという,個人的ですが,とても強い願いのシンボルなんです。
そして,その想いをかたちにするものとして,心と身体に優しく作用するアロマテラピーを薬局に取り入れることにしました。
——アロマテラピーを薬局に取り入れようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
調剤薬局の薬剤師として働くなかで,「この患者さんには,こんなにたくさんの薬が必要なのかな?」「薬以外のちょっとした工夫で,不調を和らげられることもできるんじゃないかな」と感じる場面が増えていきました。高齢化が進むなかで,生活習慣の乱れやストレスによる不定愁訴が増え,結果的に多剤併用の状態にある患者さんも少なくありません。もちろん薬は大切ですが,薬物療法に頼るだけでは,患者さんの本当の健康や笑顔を取り戻すのは,難しいのかもしれないと感じていました。
そんな頃,勤務していた薬局でアロマオイルの取り扱いがあったことをきっかけに,アロマテラピーと出会いました。薬学的な視点をもつ薬剤師として,単なる心地よい香りというだけでなく,精油に含まれる化学成分がホメオスタシスに働きかけるメカニズムに,とても興味をもちました。
精油の香りは,鼻から脳の深い部分(感情や記憶を司る大脳辺縁系)へと直接伝わります。この部分は,自律神経やホルモンバランスを整える視床下部ともつながっていて,香りが心身のリラックスや集中力に影響を与えることには,科学的な理由があるんです。
私はこの可能性をもっと知りたくて,日本アロマ環境協会(AEAJ)アロマテラピーアドバイザーの資格を取得しました。そして,薬局を開局するにあたり,「薬の専門家」である薬剤師だからこそ,アロマテラピーを安全に,そして科学的な視点ももって地域医療に取り入れていきたいと思ったんです。
地域に広げる実践と試行錯誤
——アロマテラピーを薬局業務に取り入れるうえで,どのような課題がありましたか。
アロマテラピーを薬局業務に取り入れる活動は,試行錯誤の連続でした。
まず,精油の大半は医薬品ではなく「雑貨」扱いになります。ハッカ油のように日本薬局方に載っているものも一部ありますが,法律(薬機法)を守るため,広告表現にはとても気を配る必要があります。「セラピー(療法)」という言葉は簡単には使えませんし,精油の「効果・効能」をお伝えすることもできません。私たちは,薬剤師として薬学的な知識をもちつつも,アロマテラピーの位置づけをいつも心に留め,あくまでも「健康的な生活習慣のヒント」や「気分転換やリラックスのお手伝い」としてお話しすることを心がけてきました。
——具体的にどのような活動を通じて,地域にアロマテラピーを広めてこられたのでしょうか。
活動を始めた頃は,地域包括支援センターからの依頼で子育て世代向けの集まりでアロマ講座を開いたり,近隣の介護施設でのイベントでアロマスプレー作りのワークショップをしたりして,外に出かけていってアロマの魅力をお伝えすることに努めました。
最近では,薬局が「健康サポート薬局」の認定を受けたこともあり,年に1~2回,アロマ体験を含む健康イベントを開いて,地域の皆さんに香りを生活に取り入れる具体的なご提案をしています。
アロマ体験の様子
地域とのつながりと向き合った課題
——アロマテラピーの活動を通じて,地域との関係に変化はありましたか。
この活動を通じて一番うれしかったのは,処方箋がなくても薬局に立ち寄ってくださる方が増え,地域の皆さんと「お薬以外のつながり」ができたことです。そして,特にコロナ禍では,患者さんの不安な気持ちを和らげたり,生活の質(QOL)を高めるお手伝いができたかなと感じています。
——コロナ禍では具体的にどのような取り組みをされたのですか。
不安な空気が広がるなかで,マスクにもスプレーできるアロマスプレーを作って販売したところ,とても喜んでいただけました。病気と向き合うなかでストレスや不安が増えると,その結果として頭痛や不眠などの不調の訴えが増え,処方が追加されてしまうケースも少なくありません。アロマでリラックスしたり気分転換したりすることが,そうした「処方がどんどん増えていく」流れを少しでも穏やかにできたのかなと感じられたとき,薬剤師としてアロマを取り扱っていて良かったと心から思えました。
アロマスプレー作りのワークショップの模様
——一方で,アロマテラピーを提供するうえで配慮している点や難しさはありますか。
難しさを感じたのは,精油100%の自然な香りが,すべての方に好まれるわけではないという点です。アロマオイルに不慣れな方や,特定の香りに敏感な方には,かえって不快に感じさせてしまうこともあります。だからこそ,最初は多くの方に好まれやすい柑橘系のオイルを中心にご紹介しつつ,その日の天候や患者さんの体調にあわせたブレンドをご提案する力がとても大切だと学びました。香りの専門知識だけでなく,薬学的な知識を活かして,特定の薬を服用している方には避けたほうがよい精油をお伝えするなど,安全に使っていただくための心配りも大切だと実感しています。
子どもから高齢者まで,患者からの反応
——実際に活動を通じて,どのような反応がありましたか。
私たちがアロマのイベントや日常業務で直接お聞きする患者さんの声は,この取り組みを続ける大きな力になっています。
子ども向けのバスボムや芳香剤作りのイベントでは,自分で作ったものを手に取り,目を輝かせて喜んでくれる子どもたちの笑顔が何よりもうれしいです。もちろん,なかには慣れない香りに「このにおいはちょっと……」と正直に「クサい」と言われることもありますが(笑),そうした率直なご意見も,今後のご提案の大切なヒントになります。
——高齢者施設などでの取り組みについても教えてください。
最近,地域のグループホームで芳香剤作りのイベントを行った際も,利用者さんとスタッフの皆さんが参加してくださり,とても喜んでいただけました。いろいろなアロマオイルの香りを試して,「いい香りだね」「この香りは好き」といった前向きな反応と一緒に,たくさんの笑顔が見られました。簡単なクラフト体験でしたが,皆さんが熱心に取り組んでくださる姿を見て,薬局がお届けできる「お薬以外の喜び」の価値を改めて感じました。
特に印象深かったのは,介護施設でマッサージイベントを実施したときのことです。不安や緊張から表情が硬くなっていた高齢の参加者の方が,アロマの香りとマッサージで「気持ち良かった」「落ち着いたわ」とおっしゃってくださり,その白いお肌に血色が戻って,柔らかな笑顔が見られたときには,言葉にならない感動がありました。
——イベント以外に,日常の薬局業務のなかでもアロマテラピーを活用されていますか。
はい。日常の服薬指導のなかで,睡眠導入薬が始まったばかりの患者さんにラベンダーなどの精油をアロマポットで使ってみることをご提案したところ,数週間後に「お薬を飲む前にアロマを試したら,すんなり眠れた日が何日かあったよ」とご報告いただいたこともあります。これは,アロマが薬の代わりになったというわけではありませんが,薬物療法の前に試せることがある,という「隙間」を埋めるお手伝いができたのかなと感じています。それが患者さんの心のゆとりや,減薬につながる可能性を感じさせてくれる出来事でした。
「お薬に頼りすぎない健康」を目指して
——これからの「あろま薬局」の目標を教えていただけますか。
私たちのこれからの目標は「あろま薬局」が,地域のなかで「薬に頼りすぎない健康的な生活」をご提案できる,そんな「ハブ(拠点)」のような存在になっていくことです。
特に,これからの社会で多くの方が悩まれるかもしれない,睡眠のこと,もの忘れ(認知機能)のこと,そして肥満や生活習慣病(ダイエット)といった分野で,アロマオイルがお役に立てることがあると信じています。
例えば,睡眠導入薬や向精神薬,あるいは食欲抑制薬など,これらの分野で使われる薬を一つでも減らせるような,あるいは使い始めるのを少しでも遅らせられるような,そんなご提案ができないかなと考えています。そのためにも,アロマの「心地良さ」だけでなく,リナロールやリモネンといった精油成分の働きに関する新しい情報をいつも学び続け,それをわかりやすい言葉で患者さんにお伝えして,薬学的な視点も踏まえたセルフケアのアドバイスをしていくことが大切だと考えています。
——薬剤師としてアロマテラピーに取り組む意義について,お聞かせください。
薬物療法を否定するのではなく,薬の専門家である薬剤師が,薬だけではうまくいきにくい可能性のある領域や,副作用が心配な領域にこそ,アロマテラピーという穏やかな選択肢でそっと寄り添い,過剰な処方を防ぐお手伝いをする──これが,私たちが目指す「薬に頼りすぎない健康社会」の実現に向けた大切なステップだと考えています。
これからの薬剤師に求められる役割とメッセージ
——現在の医療や社会の状況について,どのようにお考えですか。
医療の進歩は素晴らしいものですが,同時に,私たちの社会の意識が「お薬を飲んでいたらとりあえず大丈夫」という方向に,少し傾いているのではないかなと気になることがあります。本来,薬は病気を治療するためのもので,いつか不要になったり,最小限の量で済むようになったりすることが,患者さんにとっての一番の目標だと思うんです。でも,現状は,薬を飲み続けることが「当たり前」になっているとしたら,その状況について少し立ち止まって考えてみることも大切かもしれませんね。
——これからの薬剤師にはどのような役割が求められると思いますか。また,アロマテラピーは薬局という場にどのような効果をもたらすとお考えですか。
高齢化社会や医療費のこと,そして最近の医薬品の供給が不安定なことなど,いろいろな背景があるなかで私たち薬剤師にできることは,調剤や鑑査といった業務の精度を高めることはもちろんですが,それと同時に,なんとなく続いている薬物療法を見直すことで「減薬を進め,医療費の面でも貢献すること」や,薬以外のセルフケアの知識を広めることで「薬に頼りすぎない医療リテラシーを育むお手伝いをすること」も,とても大切な役割になっていくのではないでしょうか。
薬局で薬学生の実習を受け入れていると,「患者さんのお薬を減らしてあげたい」という優しい思いをもっている学生さんに出会うことがあります。その若い世代の素敵な気持ちに応えるためにも,私たち「薬の専門家」は,薬だけにとらわれない,幅広い選択肢をもてたらいいですよね。
精油の香りには,患者さんの気分を和ませたり,薬局内のちょっと緊張した空気を整えたりする力があります。それだけでも,お薬がこれ以上増えないような環境づくりにつながるかもしれません。薬局のなかに良い香りがあると,患者さんだけでなく,実は私たち自身も癒されて,仕事が少しやりやすくなるかもしれませんよ。
——最後に,薬剤師の皆さんへメッセージをお願いします。
「なんでも薬で解決」という考え方だけでなく,薬の専門家である薬剤師がみんなで一緒に,セルフメディケーションや健康寿命についての知識を,社会全体に広めていくことができたら,私たちの仕事はもっと素敵で,社会にとって欠かせないものになっていくと思うんです。アロマオイルは,そのための心強いツールの一つです。よろしければ皆さんの薬局でも,薬学的な視点を活かしたアロマテラピーを取り入れてみてはいかがでしょうか。
「薬に頼りすぎない健康社会」を目指して