手を動かし,心を磨く
地域に寄り添う薬局の新しいカタチ

©ToLoLo studio
はじめに
薬局の待合室から陶芸作品を眺めていると,すりガラス越しに人影が映る。木の香りが漂うあたたかな空間でほっと一息ついていると,薬剤師に名前を呼ばれて,投薬カウンターへ。薬の飲み方を丁寧に説明してくれて,そのまま気になっていたことまで,つい相談してしまう。「ふと薬局に寄って,薬のことを聞いてみよう」「気軽に電話して相談してみよう」「一人暮らしだから,自宅での薬の管理もお願いしたい」─そんな利用の仕方をしていただける薬局を私は以前から思い浮かべていました。
国内の薬局の数は6万軒以上とされ,コンビニエンスストアの店舗数よりも多い状況です。このような背景から,薬局は「地域住民の健康を守る拠点」として機能することが期待されています。これまで,薬局の主な役割は医薬品の調剤や提供でしたが,今後はそれだけにとどまらず,地域住民の健康維持・増進や医療連携まで総合的に担うことが求められています。
厚生労働省は改正薬機法に基づき「健康サポート薬局」や「地域連携薬局」といった認定制度を設置し,地域包括ケアシステムのなかで薬局が果たすべき機能を明確化しています。薬局は「薬を渡すだけ」の存在から,地域の誰もが気軽に相談できる身近な健康ステーションへと再定義されています。
陶芸教室を併設した背景と目的
このような流れのなか,私たちこうなん薬局(以下,当薬局)では開局以来,薬を渡すだけにとどまらない地域貢献のあり方を考え続けてきました。そのひとつの答えが,薬局に陶芸教室を併設するという取り組みです。薬局が担うべきなのは身体の健康だけではなく,心の健康を支えることも大切ではないか ─。そのような考えから,「地域住民の皆さんがほっとできて,かつ健康になれる場所」を目指し,畑違いである陶芸の要素を薬局に取り入れました。
当薬局が陶芸教室を始めた背景には,「地域の暮らしに彩りを与える場づくりをしたい」という想いがありました。特に高齢化が進む地域では,外出の機会が限られ,人との関わりが減ってしまうという声を耳にします。実際に薬局では,「家に一人でいるので,誰かと話す機会が少ない」といった悩みが聞かれました。また,待合スペースが手狭になっていたこともあり,増築の計画にあわせて「健康相談や服薬指導だけでなく,心も満たされる空間にしよう」と考えました。
では,なぜ陶芸に着目したのか。陶芸を含む創作活動には,単なる趣味を超えた健康効果が報告されています。例えば,継続的に創作活動を行っている高齢者は,行っていない人に比べて軽度認知障害(MCI)の発症リスクが有意に低いとする大規模コホート研究があります1)。また,手指の巧緻性や気分,生活の質(QOL)の向上にも寄与する可能性が示唆されています2)。さらに,陶芸は,土に触れて手先を使うことで脳を活性化するとともに,実用性の高い作品づくりが高齢者の参加意欲を高めることも報告されています3)。
また,作品を作り上げる過程で参加者同士に自然と会話が生まれ,ストレス解消の可能性も期待できます4)。実際に,複数人で継続的にモノづくりに取り組むことで,高齢者の生きがいや充実感の向上につながったと報告されています3),5)。このような陶芸の特性を活かし,当薬局では陶芸教室を通じて「心と身体の両面からの健康支援」を提供したいと考えました。

陶芸空間
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削りの様子
陶芸教室の導入による気づきと成果
陶芸教室を開設してからまだ日が浅いのですが,薬局内の空間には変化が生まれました。まず,増築したスペースの内装に自然素材を用い,待合室から見える位置に陶芸作品を展示したところ,「薬局=無機質で硬い雰囲気」という従来のイメージが和らぎ,来局された方からは「落ち着く」「リラックスできる」といった声をいただくようになりました。
陶芸教室に参加された利用者からも反響がありました。例えば,「木の香りと静かな空間で黙々と作業でき,精神的に落ち着ける」「丁寧な説明とお手本があり,穏やかな時間を過ごせた」といった声が寄せられており,創作活動がもたらす精神面への良い効果を実感しています。実際に,継続的なモノづくり体験の積み重ねは高齢者の生きがいの実感や精神的な健康の向上につながることが報告されています6)。

実際の制作の様子
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実現までの課題と解決策
もちろん,このような新たな取り組みを実現するまでには,多くの課題にも直面しました。第一の課題は資金面です。陶芸スペース,設備,窯の導入にはまとまった初期投資が必要でした。そこで行政の補助金制度を調べ,該当する助成を活用しました。また,補助金だけに頼るのではなく,継続的に事業として成り立たせるための収支計画も綿密に立てました。
もう一つの課題は,運営ノウハウの不足でした。陶芸は専門外の分野であったため,機材選びから安全管理まで手探りの状態でしたが,この課題は各分野の専門家との連携で乗り越えました。
以前から交流のあったプロの陶芸家の方に協力をお願いし,講師として陶芸教室の指導も依頼しています。運営面においても,多くの助言をいただきました。また,建築設計士にはリラックスできる空間設計を,そして作業療法士には作業療法の観点からのアドバイスをそれぞれいただきました。専門家の協力のもと,安全で円滑な運営体制を築くことができました。

服薬指導カウンター
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地域連携と今後の展望
現在では,障がい者支援施設から作品の焼成を依頼されるようになりました。これを受けて,施設利用者が作った作品の成形から焼成までを一括で引き受ける「パッケージプラン」(図1)も提供しています。
今後の展望としては,地域の高齢者施設への展開も視野に入れています。具体的には,施設の職員を対象にした陶芸の基礎研修「職員育成プラン」(図2)を実施し,その職員が入居者に対して創作指導を行える体制を築くことを目指しています。
また,短時間で気軽に体験できる「ミニ陶芸プログラム」を地域の子どもや子育て世代に向けて開催する計画もあり,世代を超えた交流の場として薬局を活用していきたいと考えています。
さらに,「陶芸×健康モニタリング」をテーマに,75歳以上の高齢者を対象としたエビデンス創出にも取り組む予定です。その成果を地域包括ケアの新たなモデルとして発信し,他地域にも展開できればと考えています。継続的なモノづくり活動が,認知症患者の気分や自尊心向上に効果的であることが示唆されており7),地域ぐるみで高齢者の心身を支える本取り組みは,「住み慣れた地域で誰もが安心して暮らし続けられる社会」を目指す地域包括ケアシステムの一翼を担うものと考えています。

図1 陶芸パッケージプラン

図2 職員育成プラン
おわりに
当薬局は,薬剤師としての専門性を最大限に活かしながら,陶芸という芸術のアプローチを通じて地域住民の生活を豊かにしたいと考えています。さらに,薬局としての実務と,全国の医薬品情報の共有という両軸で取り組んでいます。当薬局の運営者として, また薬 剤 師のための医 薬 品 情 報プラッ トフォーム「CloseDi」の代表として,日々の実務に役立つ情報を全国の薬剤師と共有する活動も行っており,現場での実務に加えて,情報発信や他職種との連携として,こうしたツールも活用しています。
陶芸教室から在宅医療まで,そして国が推進する健康サポート薬局や地域連携薬局の機能など,すべてを兼ね備えた薬局が私たちの目指す姿です。その実現に向けて,日々研鑽を積み重ね,地域のモデルケースとなれるよう頑張っていきたいと思います。
引用文献
- Krell-Roesch J, et al: Quantity and quality of mental activities and the risk of incident mild cognitive impairment. Neurology, 93: e548–e558, 2019
- Bae YS, et al: The applied effectiveness of clay art therapy for patients with Parkinson’s disease. J Evid Based Integr Med, 23: 2515690X18765943, 2018
- 川田寛子: 作業療法で用いられる創作活動に対する高齢者の印象. 千葉作業療法, 6: 23–27, 2017
- 進藤啓子, 他: 多様性を持った作業種目としての「陶芸」の試み. 病院・地域精神医学, 37: 475–476, 1996
- Johnson JK, et al: Exploring the effects of visual and literary arts interventions on psychosocial well-being of diverse older adults: a mixed methods pilot study. Arts Health, 13: 263–277, 2021
- Bukhave EB, et al: The effects of crafts-based interventions on mental health and well-being: A systematic review. Aust Occup Ther J, 72: e70001, 2025
- Pérez-Sáez E, et al: A pilot study on the impact of a pottery workshop on the well-being of people with dementia. Dementia (London), 19: 2056–2072, 2020
こうなん陶芸教室(こうなん薬局併設)
所在地:三重県津市香良洲町1874-4
電話番号:059-292-7011