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「RxInfo TV」第11回で紹介するのは,薬剤師,医師,歯科医師および振付師の協働による「チェアダンス」です。柚月恵氏が考案したセラピーであるチェアレスク® をベースとした高齢者向けの健康増進イベントで,地域住民のフレイル予防とオーラルフレイル予防を目指し,アートとヘルスケアを融合させたエンタメ重視のワークショップとして開催されています。

—— フレイル,オーラルフレイル予防のため「チェアダンス」ということですが,どのような取り組みなのか教えてください。

池田:私たちは多職種協働(Interprofessional Work:IPW)の視点を取り入れた,フレイルとオーラルフレイル予防のプログラムを開発しており,そのプログラムの目玉は,折りたたみ椅子を用いたチェアダンスです。私たち医療従事者と協働する振付師 柚月恵が開発したチェアレスク® を高齢者向けにアレンジしました。椅子に座って,あるいは椅子を支えとして行うゆっくりとした動作が大半ですから,ダンス経験のない高齢者にもできるプログラムとなっています。


(左)平井みどり先生 (中)協力施設の担当者・髙山様 (右)池田千浦子先生



——どうして「チェアダンス」に注目されたのでしょうか?

平井:わが国には超高齢社会における健康寿命の延伸という課題があります。フレイルやオーラルフレイルの予防には適切な食事とともに運動が効果的とされていますが,単調な動きを繰り返すだけの体操では,モチベーション低下による継続の難しさという問題がありました。そこで私たちは,より楽しく,持続可能な介入方法として,エンターテイメント性を取り入れた「チェアダンス」に着目しました。好みの音楽にあわせて楽しく身体を動かすことは,定期的な運動習慣につながる可能性が高いと思います。医療従事者のみのIPWではなく,振付師という芸術分野の専門家とも協働することで,楽しいプログラムを開発することができました。

池田:私たちがこうした取り組みを始めた背景には,新型コロナウイルス感染症の流行によるロックダウンや自粛要請があります。地域活動の制限によって,フレイルやオーラルフレイルをきたす高齢者の増加が懸念されました。感染予防とフレイル予防を両立する地域づくりの必要性を認識し,2020年には医療従事者が集う「イベントリスクマネジメント教育委員会」という市民団体を立ち上げました。「withコロナ時代における安心安全なイベント開催方法」を薬剤師,医師,歯科医師,看護師とともに議論し,安全にイベントを開催しつつ,高齢者の健康を守る方法を模索していました。また,地域イベントの運営者に向けて医療従事者の視点でアドバイスし,時にはイベント運営の補助も行いました。この活動が「感染対策を講じたうえで,高齢者が安心して楽しく参加できる健康イベント」を実現する土台となり,本プログラム開発に至りました。


チェアダンスの様子


—— プログラムの内容はどのようなものなのでしょうか?

池田:プログラムは2つのパートに分かれていて,フレイルやオーラルフレイルに関する簡単なセミナーと,折りたたみ椅子を使ったチェアダンスの実践となります。セミナーのパートでは座学だけではなく,歯科医師が主導となって口腔機能低下症予防に有効とされる体操やセルフマッサージも行います。


オーラルフレイル予防のセミナーの様子


池田:チェアダンスのパートでは,チェアレスクの基本的動作をゆっくりした動きで数セット,休憩を挟みながら行います。本来のチェアレスクならば,露出度の高い衣装を纏い,ヒールの高い靴を履いてアクロバティックな動きを行うこともありますが,本プログラムではチェアレスクを高齢者向けにアレンジし,優雅でゆったりとした動作のみに絞っています。解説を挟みながらお手本のチェアダンスを柚月が躍るので,参加者には無理のない範囲で柚月にあわせて躍ってもらいます。チェアダンス用の楽曲は,70〜80代の参加者によく知られているナンバーを事前に用意していますが,私たちが用意していたチェアダンスのセット数よりも,もっとたくさん躍りたい,物足りないなどのご意見をいただくこともあります。そのため,当日のリクエスト曲にも対応するようになりました。

—— 参加者の反応や反響はいかがですか?

池田:「楽しく体を動かせて気分がスッキリした」「肩こりが軽くなった」「口の健康について意識するようになった」などの感想を参加者からいただきました。参加者の満足度は高く,再参加希望者も多いことがアンケート調査でわかっています。また,チェアダンスの感想を短歌で詠んでくださった参加者もいました。芸術活動の感想を芸術作品で返されるという嬉しい経験です。

また,知人の歯科医師や高齢者施設の施設長などの医療関係者からも「エンタメ要素を加えたほうが,高齢者も楽しくサルコペニア予防ができそう」「オーラルフレイルの予防のため,継続的に講義をしに来てほしい」といった好意的なご意見をいただきました。


チェアレスク


—— アンケートからもわかるように,エンターテイメント性を取り入れたフレイル対策ということで,参加者も楽しく取り組めるのではないかと思います。一方で,課題や難しさを感じた部分などはあるのでしょうか?

池田:フレイルやオーラルフレイルという言葉の認知度の低さですね。参加者へのアンケート調査では「フレイル」については30%の人が,「オーラルフレイル」については50%の人がまったく知らないと回答していました。たしかに,このような専門用語を知らなくても健康増進の自助努力は可能でしょう。しかし「私は問題なく毎日ご飯が食べられている。まだ自分は大丈夫」などと思い込み,口腔ケアの重要性を十分に理解していないケースがあるかもしれません。今後はプログラムのなかに,オーラルフレイルのセルフチェックを追加する予定です。

—— 今日はありがとうございました。今後,フレイルやオーラルフレイル予防のプログラムの目標を教えてください。

池田:高齢者向けのチェアダンスプログラムを全国展開したいと考えています。私たちが近畿圏に住んでいることから,現在は大阪,兵庫,京都,奈良に活動が限定されています。今後は,東京など遠方の都市部やオンラインでも活動していく予定ですので,私たちのプログラムに賛同してくれる医療従事者やダンサー仲間などを増やしたいと思っています。

本誌の読者の薬剤師の先生方も,おくすり相談や薬に関するセミナーの講師などとして即戦力です。少しでも,私たちの活動に興味をもっていただけるのであれば,直ちにご連絡いただければと思います。ぜひ,一緒にやりましょう。もちろん,「薬に関する活動だけでは物足りない」「チェアダンスを高齢者に教えたい」という方も大歓迎です。服薬指導とチェアダンスの指導,両方のスキルを兼ね備えた仲間がいれば無敵です。また,医療従事者は体力勝負なところがありますから,ご自身の薬局や薬剤部でも,部下や上司にチェアダンスのレッスンをしてあげてください。ただし,コンプライアンス違反にならない程度の運動強度でお願いします(笑)。

—— 最後に,薬局で働く薬剤師へ向けたメッセージをお願いします。

平井:高齢者が最も身近に利用する医療機関の一つが薬局です。薬剤師は,服薬指導だけでなく,未病を病に進行させない,すなわち健康増進も薬剤師の仕事という認識が広まってきています。超高齢社会では,フレイルやオーラルフレイルの早期発見のキーパーソンとして,薬剤師は重要な役割を果たせます。「食事・運動・睡眠」が健康の必須要素とはいえ,具体的にどんな運動をやればいいか,それを持続させるにはどうするか,医師から指導されることは少ないように思われます。こういうときこそ,薬剤師の出番です。皆さんのスキルを薬局のなかにとどめておくのはもったいない。アウトリーチ型の健康サポート活動で地域に貢献してみませんか? ぜひ私たちと一緒に高齢者向けイベントを開きましょう。

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掲載号
調剤と情報2025年6月号

精神科領域における対人業務マニュアル


企画:竹内 尚子(湘南医療大学 薬学部 医療薬学科 地域社会薬学研究室)


精神疾患において,患者の薬物治療に対する不安感,および精神症状そのものが服薬アドヒアランスに影響する要因となっています。精神疾患患者を対象とした調査で「薬剤師によるフォローアップを受けてよかった」という回答があったという報告もあり,患者の不安感への対応を中心とした服薬フォローアップが重要であるといえます。一方で,精神疾患患者への対応について,慎重になり過ぎてしまい苦手意識をもっている薬剤師も少なくありません。

本特集では,精神疾患患者への対応を向上させるべく,患者対応のポイントについて解説します。